@(アットマーク)の歴史と呼び名

「@(日本ではアットマーク)」という記号についての起源について、少し調べてみた結果をまとめておく。アットマークというのは日本だけの呼称で、世界的にはまるで通用しないようだ。その歴史(そもそもの発端――中世と、電子メールでの使用)ならびに呼び方について、ロバート・フルフォード氏のコラムに詳しく書かれていたので、訳してみた。

※この記事は2004年のものです。最新の情報はアットマーク - 閾ペディアことのはを参照ください。

2004年9月 9日17:06| 記事内容分類:言葉| by 松永英明
この記事のリンク用URL| ≪ 前の記事 ≫ 次の記事
| コメント(1) | トラックバック(3)
twitterでこの記事をつぶやく (旧:

@の歴史についてのロバート・フルフォードのコラム

(National Post 2001年5月22日)

 数年前、バルセロナの劇団 La Fura dels Bausは、悪魔に魂を売り渡した男についてのゲーテの有名な劇のミュージカル版を作り出した。それは非常に実験的な作品であったため、タイトルも最新版のようにみえるものが必要となった。そこで、コンピューター言語風にして、F@ust: Version 3.0としたのである。1998年にニューヨークで上演されたとき、これは@の奇妙な経歴における一つの画期的な出来事であることがわかった。この記号は今や、この時代の装飾の一部であり、印刷物やテレビでもよく見られるようになっている。

 少なくとも、それは最近の文化史を少し再編することになる。これはすでに別のところでも同じように、独自に想像力豊かな使い方がなされていたのだが、リンカーンセンターのF@ust: Version 3.0の広告は、放っておけば決まり切ったものになってしまうフレーズに、活力というか味を加える方法を探していたデザイナーや編集者の関心を引いたのである。確かに1998年は、@を使うことが急増した年だった。1999年、ビル・ゲイツは自分の本のタイトルを『Business @ the Speed of Thought』(思考スピードの経営)と名づけた。同年、ウォールストリートジャーナルは、@が「最新流行の記号、デジタル時代の手頃な象徴」になりつつあると記した。それ以来、ずっと広まってきている。今見たところ、世界のグラフィック・デザイナーの約半分は、これは気の利いた小物だと考えている。あたかもそれが新鮮なアイデアであるかのように鬱陶しい使い方をする。

 今、ディスカバリーチャンネルには@discovery.caという番組があり、ムービーチャンネルには @ The Movies というシリーズがあり、CNNにはLive@Daybreakというショーがあり、ABCニュースには@issueという作品があり、トロント・スターには@Bizという欄とWhere it's @というコラムがある。ロサンゼルスの観光情報サービスは@LAという名前であり、Fight AIDS @Homeという情報プログラムがある。さらには禅宗の公案その他の教材を配布するZen@Metalabというセットまである。@は常套句としての気安さを身につけてしまった。「Don't go there(そんなこと考えるな)」とか「Thinking outside the box(箱の外を考える)」とかいうように、時流に乗っていて、ごく当たり前のもののように思われる。

 特に注目に値するのは、@は数世代前には地上からほとんど絶滅しかけていたということだ。これは絵文字の中のシンデレラで、かつては軽視・軽蔑されていたのに、今や絵文字記号の中でも最高位に上り詰めたのである。現在、それは一日何十億という電子メールの中に見られる。

 この記号は中世に生まれた。Berthold L. Ullmanの『Ancient Writing and Its Influence』(1932)によると、このシュテューデルの形をした記号は修道院写字室の修道士によって作られた。これは普通のラテン語の単語「ad」の略で、これは文脈に応じて「to」とか「toward」とか「near」とか「at」というような意味になった。修道士は「a」を書いて、そのまわりに「d」の一部を書いたのである。一千年ほど後、@は単価を示す方法としてビジネスで用いられるようになった。会計簿や商品明細書で、人々は「ベルト5人分 @$1.20」とか「砂糖10ポンド@ 20セント」と書くようになった。この記号を使った人たちは、ロールトップデスク(蛇腹のふたつき机)に座ってスリーブガーター(アームバンド)をつけているようなイメージがある。

 1880年代、タイプライターのキーボード上にも登場し、その直後、ライノタイプその他の文字入力機のキーボードにも組み入れられた。20世紀前半にはビジネスの時流から外れていったが、誰もそれを排除しようと思わなかったようで、機械の上から消えることはなかった。そのため、1970年代のテレタイプ・キーボード(電信会社・通信社が使う)には残っていた。そのとき、そのキーボードはコンピューター研究室の標準であり、そして電子メールが発明されたのである。

 コンピューターの世界では今や伝説となっているものの、他の分野ではまるで無名のその発明者は、30歳のMIT卒業生レイ・トムリンソン(Ray Tomlinson)であった。この若いエンジニアは、世界におけるコミュニケーション方法を変革し、@を世界中の言語に持ち込んだのだ。世界を揺るがせるようなことをしているなどという意識はほとんどなかった。そのときは、というか今もだが、トムリンソンが作り出したあらゆる動きは、数百人のエンジニアによって作られた発明の長い長い連鎖の単なる1つにすぎないと思われた。

 トムリンソンはマサチューセッツ州ケンブリッジで、後にインターネットとなるものを作るために国防総省の仕事を請け負っていたコンピューター会社の一つBolt Beranek & Newman社で働いていた。ネットワークに接続された15台のアメリカのコンピューターの間でファイルを転送する方法を作ろうとしていたのだ。あるファイルが一つのコンピューター内ではなく、他のコンピューターとの間でやりとりされたことを示すことが必要だったので、@を選んだ。
「ローカルじゃなくて、他のホストにある('at' some other host)ユーザーだということを示すために、@記号を使ったんだ」
 トムリンソンの研究室には2台のコンピューターがあり、別々にネットワークに接続されていた。1972年、最初のメッセージが会社の一つのコンピューターから別のコンピューターへと送信された。2台は同じ部屋にあったが、ネットワーク経由で送信された。トムリンソンは最初の電子メールアドレスを作った。tomlinson@bbn-tenexa

 不幸にも、トムリンソンは次の世紀以降にも引用できるようなメッセージを送ろうと考えるほど、落ち着いてもいなければ、歴史的に名を残そうという功名心もなかった。1844年、サミュエル・モールスは、電信時代の幕開けにモールス信号で「これは神のなせるわざなり!(What hath God Wrought!)」という雄大な飾り立てた言葉を贈ったのだが、トムリンソンはそれをまねたりしなかったのだ。何たることか、トムリンソンはメッセージが何だったか覚えていない。「でも、それは多分、標準キーボードの一番上の列の文字、QWERTYUIOPだったかもしれない」というのである。(これは大文字で送られた。今、大文字でメールを送ったら失礼な奴だと思われるだろう)

 世界的に使われているにもかかわらず、@は今日、ちゃんとした英語名なしに使われている。&はアンパーサンド、~はティルデ(チルダ)という名前があるというのに。世界の一部では、カタツムリ(snail)とか象の鼻(elephant's trunk)とかサルの尻尾(monkey's tail)と呼ばれているが、英語ではそういう呼び名はない。英語辞書には、"at"とか"per"とか"priced at"とか"commercial at"というような言い方しかない――こういった言い方はどれも、@がここ数年味わってきた新しい生命をまるで無視しているのである。

 これはサイバースペース上でいつまでも名前なしのままさまよっていていいものだろうか? この記号を復活させたのが誰だかわかっている。そして、その人は仕事として電子メールを発明したのである。だとすれば、@は公式に「the tomlinson」と命名されるべきではなかろうか。


@の多くの名前についてのRobert Fulfordのコラム

(National Post 2001年6月5日、一部略)

 地球上あらゆるところで、@記号が電子メールの世界共通記号となったときから、世界中の言語がこの記号を取り込み、地域における独自の名前をつけた。このさりげない小さな記号は、簡素な隠喩や気持ちのいい直喩の形でイメージの嵐を国際的に吹き荒れさせた。ただ、どこでも、というのは正しくない。英語圏では、それを不格好な「at」とか(辞書では)「commercial at(商用at)」と呼んでいる。フランス語、スペイン語、ポルトガル語圏では、スペイン語の古い重量・液量単位語からとってarroba(アローバ)としている。

 しかし、世界の他の地域では、@の名称は珍しい用語ぞろいだ。Post紙で私がこのテーマについて論じた2週間前から多くの電子メールが届いた。そして、@は各国の想像力をいかにかきたててきたかがわかった。世界の電子メール送信者たちは、自然発生的に生まれた方法で、数多くの呼び名を産み出し、ふるいにかけ、採用していった。それはたいてい、用法よりも見かけに基づいていたのである。

 完全な英語話者が@について熟考するとき、数世紀に及ぶ百万の商業取引のことが頭に浮かんでしまう。英語圏の古人は、リンゴや釘などの品物の価格を示すためにこの記号を使った。しかし、世界の大部分の人たちにとって、電子メールの一部になるまで@は知られていなかったのである。何億という人々にとって、この記号は1980年代・1990年代に新しい視覚的記号として登場し、名前が必要になったのだ。

 通常、その形は食べ物とか動物を想起させているようである。ペストリー、魚、アヒル、イヌ、ネコ、長虫、カタツムリ、ネズミ、ゾウ、サルなどである。竜巻、渦巻き、サイクロンなどの用語も示された。これは国の標準としてはやりはせず、たまに使われるものだという。

 1972年、マサチューセッツ州ケンブリッジの研究室で最初の電子メールを送受信したというエンジニアのレイ・トムリンソンにちなんで、この記号をトムリンソンと呼ぶことを私は提案した。これは世界的に賛同を得られなかった。世界にはすでに競合する用語がたくさんあるし、トムリンソンというのは長すぎると思う人もいるし、レイ・トムリンソンの主張には異議があるという人もいたためだ。オタワのカールトン大学のボブ・モリスは、(コンピューター界隈では一般的な)トムリンソン物語は正しいわけがない、という。モリスは、@は1970年からデジタル言語で用いられていたという。それは、伝説的なコンピューター設計者C・ゴードン・ベルが開発したシステムで使われていたというのだ(ベルは、マイクロソフトのサンフランシスコ研究センターで連絡を取ったときに、その記憶を確かめることができなかった)。もう一人の読者は、1972年以前に少なくともトロントだけで2つの会社が電子メール技術を有していた、と確信している。

 ジェーン・ファロウは英語にはいい名称がないという私の記事を読んで、CBCラジオの「This Morning」という番組の「Wanted Words」というコーナーで名称を募集した。ものや状況や期間について存在しない言葉を作るようにリスナーに求める番組である。(元日と聖大金曜日の間の長くて寒くて暗いカナダの期間を何と呼ぶ? Forevuary。植物をいつもすぐに枯らしてしまう人をなんと呼ぶ? Hortikillturist。)
 リスナーたちは@問題について、独特の熱意と創作力を働かせた。そのうち4人は、アンパーサンドに似た単語を提案した(atpersand、appersat、ampersat、ampersend)。また、円やらせんにもとづいた画像的なイメージを作った人もいた。一人は詩的なカナダの野菜(fiddlehead=渦巻状若葉)を提案し、別のリスナーはフライドエッグ、また別の人は輪縄(lariat)という案を出した。私が気に入ったのは、ブリティシュコロンビア州カムループス近郊の牧場労働者の案で、サークルA(Circle-A)というものだ。

 この文字を囲んでいる輪(もともと中世の修道士がラテン語のadの省略形として作ったもの)は、サルの尾のようにも見える。そのため、ドイツ人、ブルガリア人、オランダ人、ポーランド人、セルビア人、アフリカーンス語圏、エスペラント語使用者はサルを含む用語を使う。スカンジナビア圏では、それはゾウの鼻のように見える。これはsnabelという。そのため、デンマーク、ノルウェイ、スウェーデンでは「snabel-a」と呼ぶ。イタリア語と韓国語ではカタツムリと呼ぶ。台湾北京語ではネズミ。ロシアでは子犬。ギリシア語ではアヒル。フィンランド語ではネコの尾。タイとハンガリーでは長虫。トルコではバラ。これらの多くはクリーヴランドのテクニカルライターで素人言語学者Scott Heronのサイトwww.herodios.comで公開されている。

 サドベリのローレンシア大学のPaula Tyrolerは、チェコ共和国ではzavinacと呼ばれていると報告してくれた。これはディルピクルスをニシンで包んで楊枝で止めた料理ロールモップのことだ。イスラエルでは「シュトルーデル(strudel)」。というのも@はお菓子のシュトルーデルに見えるから。オンタリオ州ソーンヒルのKaila Cramerは、イスラエルの情報をくれた。電子メールを電話で伝えるとき、「scohen シュトルーデル netvision ドット net ドット il」と言ったのだ。

 オンタリオ州オークヴィルのデンマーク系カナダ人の読者Bent Christensenは、理由はうまく言えないが「これをデンマークでどういうかは特別に興味深いことだと思う」と言う。少なくとも1ダースのデンマークのウェブサイトがさまざまな@の呼称について論じており、そのうちの一つを訳して送ってくれた。また、デンマークでは毎年よいウェブサイトに賞を与えているという。それは、Golden @と呼ばれているそうだ。

【広告】★文中キーワードによる自動生成アフィリエイトリンク
以下の広告はこの記事内のキーワードをもとに自動的に選ばれた書籍・音楽等へのリンクです。場合によっては本文内容と矛盾するもの、関係なさそうなものが表示されることもあります。
2004年9月 9日17:06| 記事内容分類:言葉| by 松永英明
この記事のリンク用URL| ≪ 前の記事 ≫ 次の記事
| コメント(1) | トラックバック(3)
twitterでこの記事をつぶやく (旧:

トラックバック(3)

前回に続いてアットマーク(@)の名称について。A Natural History of the @ Sign: Part Oneには世界中の「@」の呼び方についての情報がまとめられています。これを五十音順に並べ替えて訳してみ... 続きを読む

「@」。 自分のメールアドレスを相手に伝えるときには必須だ。 あなたはこれをなん... 続きを読む

ORATORIOの日常 - @の由来 (2006年7月26日 03:17)

電子メールで必ず目にする「@:アットマーク」の由来について調べてみました。 続きを読む

コメント(1)

今日、オフショア銀行に口座開設のテレしました。e-mailで送ってと頼んだのはいいけど、通じないのが、@アットマークなの。困っちゃってホントどうしようかと思った。このサイトで教えてもらってよくわかりました。私はaのまる(サークル)アットマークとくりかえし言って、さっしてもらったみたい。ちゃんと送られてきて感激!

このブログ記事について

このページは、松永英明が2004年9月 9日 17:06に書いたブログ記事です。
同じジャンルの記事は、言葉をご参照ください。

ひとつ前のブログ記事は「サイト更新されず――ウェブログの使い分けと「更新しない勇気」」です。

次のブログ記事は「@記号(アットマーク)の様々な名称」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。
過去に書かれたものは月別・カテゴリ別の過去記事ページで見られます。