第一回電書フリマ( #denf717 )で考えた電子書籍の未来つれづれ
2010年7月17日、第一回電書フリマが開催され、わたしも「電書」を1冊出品した。フリマ全体での出品総数は64点、それを渋谷コラボカフェ・吉祥寺「四月」・京都白梅町の3か所で「対面販売」するという独特のシステムで、総売上点数は実に5206冊に及んだ。会場は人が入りきれないほどの大盛況で、いろいろな課題をあぶり出しつつ、今後につながる成功を収めたと思う。
先日訪れた東京国際ブックフェア/デジタルパブリッシングフェアで見聞きした内容とも絡め、今回の電書フリマで思ったことをまとめておきたい(なお、ブックフェアのレポートは電子書籍は波紋を生む「一石」となる « マガジン航[kɔː]に掲載されています。こちらも一読を)。
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タグ:フリマ, 電子書籍, 電書|
(旧: )
米光さんの「電書」「電書部」へのこだわり
電書フリマは米光一成部長と仲間たちによる「電書部」が主催している。「部活」なのである。電書部に入るには、メーリングリストに参加して挨拶すればよい。やりたいことがある人は、自主的にやる。そういう部活である。
電書フリマ自体も独特なシステムだ。フリマという言葉でよく誤解を受けていたようだが、「本を作った人がブースを借りて販売する」というシステムではない。部員として活動すること、そして(ひとまず現時点では)この「電書場」の仕組みの中で活動することが求められる。
電書を書いて売りたい人に対して、別の「校正・データ変換中継作業担当」をやりたい部員が「この本を担当したい」と挙手する。また、変換システムを扱う部員がいて、元のデータをePub・PC用PDF・キンドル用PDFに変換する仕組みを用意している。「担当」は著者とこの変換システムを仲介する。もし、担当がつかなかったら、自分で「担当」部分の作業もこなすか、諦めるかということになる(わたしも1冊、面倒くさそうな本に担当が付かなかった)。
買う人がフリマ会場に行くと、そこにはPCやiPadを持った「販売担当の部員」がいる(著者が自分で売るわけではないあたりが、一般のフリマとは違う)。そこでメールアドレスを告げて代金を支払うと、そのメールアドレスに電書をダウンロードするためのURLが届く。そこでダウンロードすると、自分のメールアドレスが埋め込まれた電書が手に入る、という仕組みである。
電子書籍というと堅苦しいので、あえて「電書」という言葉を使う米光さん。そのあたりの話は、誠 Biz.ID:電書部の真実:電子書籍をフリマで対面販売する「電書部」が目指すものとは(前編) (1/3)/誠 Biz.ID:電書部の真実:電子書籍をフリマで対面販売する「電書部」が目指すものとは(後編) (1/3)あたりに詳しい。
いずれにせよ、「電書」という名称、「電書部」という活動形態、「電書フリマ」という仕組みのすべてにおいて米光さんのこだわりがあり、そのこだわりが成功の鍵を握っていたとわたしは思う。
「部活」の機動力
部活だから、みんな給料をもらって働いているわけではない。やりたい人がやりたいことをやる。「印税100%」すなわち、出品者は売り上げの全額をもらえる。米光さんや電書部の必要なお金は、米光著や電書部編の電書を自分たちで売って自分たちで稼ぐ。単純明快な明朗会計だ。もちろん、わたしたち電書部参加者が点数を増やすことで、電書部本も同時に売れるという相乗効果もあるだろうから、一方的に取ったり取られたりではなく、みんな嬉しいシステムになっている。
ところで、先日のデジタルパブリッシングフェアでは、電子書籍変換システムがいくつか販売されていた。しかし、我々には手の届かない価格だった。買い取り200万円とか、リースで月額4万円とか、あるいはWord文書をePub形式に変換するソフトだけで57万円とか、といった価格である。本格的に電子書籍で売っていこうという大きな出版社でなければ、これは到底ペイできる数字ではないだろう。
もっとも、ブクログのパブーのように無料ベースで提供されている仕組みもある(もちろんペーパーボーイ/GMOというバックあってのことである)。この価格差はまさに電子書籍出版の過渡期に見られる現象だと思われる。
そんな情勢の中で、電書部の作り上げたシステムは「すごい」としか言いようがない。わかりやすい少数のタグを使って、ある程度の決まりにのっとって整形したファイルを持って行けば、それをePub・PC用PDF・キンドル用PDFの3種類に変換して出力してくれる。しかも、実際の購入時にはそこに購入者のメールアドレスが埋め込まれる。
この仕組みを担当部員の手弁当で作り上げてしまったのだ。200万円で販売されているようなシステムと比べてもまったく遜色はない。それを「部活」の一環でやってしまうことは驚愕すべきことだと思う。注文が殺到した時間帯に多少システムが重くなったりはしたようだが、手放しで絶賛していいことだと思う。最大限の賛辞と感謝を送りたい。
対面販売の強みと欠点
電書フリマは「対面」での販売にこだわった。お客さんにはわざわざ会場まで来てもらって、そこで代金を受け取る。オンライン決済でやれば、あの炎天下、わざわざ来てもらう必要もないだろうし、全国どこからでも購入できた。それでも対面にこだわって、イベントとして盛り上げたのだ。
おそらく、オンラインだけで完結させていれば、これほどの話題を集めることもなければ、売り上げも伸びなかっただろう。もちろん、オンライン決済でなかったがゆえの機会損失も多かっただろう。しかし、わざわざ集まって買うという「アナログ」な方法だからこそ、ここまで話題性を作ることができ、人を集められたのだと思う。
わたしは前回の文学フリマで、さらにアナログな電子書籍の売り方をした。PDFをCDに焼いて、独自デザインのジャケットを付けた。何か「モノ」として持って帰れるものを手渡したかったのだ。電書フリマの方式はそれよりはデジタルだが、やはり対面にこだわっている。そして、それは決して忘れてはならないことだと思う。
現在の電子書籍への不満はレイアウト
さて、前回の文学フリマでわたしはPDF形式で完全にレイアウトを完成させた電子書籍を作った。これは、Kindle 2で表示させたときに最適化されることを想定している。また、本文の注釈の必要なところと同じ画面内にその注を入れたいという希望があったので、完全にDTP作業をして表示させることとしたのだった。
しかし、今回はePub形式を元にした電子書籍である。それは、文字サイズが大きくなったり小さくなったりする、つまり見る人によってページの区切れも変わってしまう。レイアウトを前提とした執筆ができない、というのは、紙の本の執筆になじんできたわたしのような書き手にはかなりきつい。できれば「1行何文字で1ページ何行、見出しは何行取り」といったレイアウト指定を確認してから書きたいし、それに合わせて文章も変わることがある。
それに対して、電子書籍は書籍といいながら実は「巻物」に近い。ページの区切れは流動的だ。そして、現状では高度なレイアウトは不可能である。本文のこの段落の次にこの写真を入れる、といった指定は可能だが、図版を回り込ませたり、本文のこの内容が表示されるのと同じページに常にこの画像を入れる、といったレイアウト指定は難しい。
何より、縦書きができない。
そんなレイアウトは必要ない、という人もいるかもしれない(特にウェブ原理主義的な人の中に)。文字データと画像データが流し込まれていればそれでいい、という人もいるかもしれない。しかし、たとえばPC系のマニュアル本(「できる○○」シリーズなど)は図版と本文が密接に関わるので、実は紙の方が合っている、というような例もある。
わたしは、「読み物」には「コンテンツ(文字データ)」と「レイアウト」の双方が不可欠だと考えている。そして、Kindleに最適なレイアウトと、iPadに最適なレイアウト、そしてもちろん紙に最適なレイアウトはどれも違う(紙の本でも文庫・新書・単行本等々でまったく違う)。その点が、現時点の電子書籍ではまったく弱すぎるとわたしは思う。
これは「紙のレイアウトをそのまま電子書籍にも持ち込みたい」と考えているのではない。電子書籍にはそれに合ったレイアウトが必要だということだ。だが、電子書籍にはレイアウト不要だという人もいる。わたしはそうは思わない。もちろん、レイアウトと完全に切り離された本という選択肢はあってもいいが、それがすべてであってよいとは思わない。
電子書籍への参入の困難さ
今回、実際に電書フリマに出し、また独自インディー出版としてKindle StoreやiPad用電子書籍を作ろうという計画を進めている中で思ったのは、電子書籍出版への参入は意外と障壁が高いということである。
まず、報酬モデルが根本的に変わる。
これまでの紙の出版なら、著者には定価×印税(8%前後が標準)×発行部数を支払い、DTP担当者にはいくら、という形で対価が支払われる。それは多いとは言えないとしても、ある程度まとまった数字だ。そして、増刷がかかればその分追加で報酬が入るが、最低限の数字は初版部数によって確保されることになる。定価1200円の本で初版5000部で印税8%なら48万円というような数字だ。
ところが、電子書籍はそうはいかない。実売数×分配率という計算になる。Kindle Storeで販売した本が条件を満たせば売り上げの最大70%が手に入る、ということになっているが、これは決して「印税7割!」という意味ではない。出品者はあくまでも「出版者(Publisher)」としての扱いで、それを関係者で山分けしろ、ということである。
もちろん、出版者=著者であれば売り上げの70%が手に入るのだが、それは今までの著者のように、文章が書ければよい、絵が描ければよい、だけでは済まないということでもある。わたしなら編集的な作業もできるし、DTP作業もタグ付け作業も自分でできるから、あとは自分で撮った写真を入れておけば、出版者(=著者+カメラマン+編集者+デザイナー+出版登録作業+営業……)を一人でやろうと思えばできる。それでやっと「7割総取り」なのである。印税が上がるというよりは、一人で何でもやる(やれる)ということだ。
それでも、収入は実売数でしか入ってこない。何千部も売れるのはよほどの化物書籍だろうから、今までの商業出版本と比べればはるかに減ることは間違いない。
もちろん、自分で出す同人誌的な意識で作るなら、それはそれで可能である。紙の商業出版では難しいページ数の本(薄すぎたり厚すぎたりするものや、ページ数で8の倍数に収まらないマンガ)も、テーマ的に採用されない本、ニッチだが必要な本も、出そうと思えば出せるのは魅力だ。紙の出版ほど元手がかからない。必要なのは時間と労力と技術と技能。同人誌でも1冊作れば数万円かかるが、電子本なら紙代・印刷代さえも不要である。
ところが、自分はそれでよくても、たとえばイラストレーターに協力してほしいとか、英語版の英訳を誰かネイティブに頼みたい、と思ったときに問題が発生する。相手に対して、まとまった金額を提示することができないのだ。売れたら山分け、でも売れなかったらほとんどただ働き同然、という状況になってしまう。それでもいいからやりたい仲間を集める、というのは、もはや商売ではなく、完全に同人の世界だ。
それでも出したい本をインディー出版的にやるか、それとも大出版社の今までのやり方の中でやっていくか。おそらく、失うものは何もないという人でないと、電子書籍出版業界への参入は難しいのではないかと思う。少なくとも、今までの出版業界の常識をすべて捨てないと無理だ。
言い換えれば、電書フリマは「部活動」だからこそ成功したのだ。どれだけ売れるかもわからない、価格だって100円~300円くらいが相場で100冊前後売れれば万々歳。部活であり、同人的な発行形態だったからやれたのであって、これが出版社や編集プロダクションであれば人件費だけで確実にマイナスとなるだろう。
現時点では、電書部のようなゲリラ組織でないと電子書籍の世界で成功することは難しい。
電子書籍業界は健全に推移できるか
現時点で電子書籍出版の世界は、いくつかの課題を抱えている。
まず、「複数契約を可能にすべきだ」ということである。紙の本は一社が出版権を握っており、複数の会社から同じ本が出るということはありえないが、電子書籍は出版権とは別に設定されるべきであり、また複数の販売システムと同時契約できるようにすべきである。
つまり、Amazon Kindle StoreでもiBook Storeでも、パピレスでも理想書店でもブクログのパブーでもアルクのWePublishでも、そして電書部でも、同じ本がそれぞれのフォーマットで買えるようになっていかねばならない。
しかし、既存の大手出版社では、「紙の本を出したところが電子化の権利も自動的に握れる」ような仕組みを進めようとしているところもある。このような囲い込みには断固として逆らわねばならない。さもないと、「在庫がまだ残っているから」という理由で増刷もしてもらえず、かといって絶版にもしてもらえず、事実上塩漬けになっているような本を、新たに電子書籍の形で入手できるようにする、ということが不可能になるからである。
また、価格の問題として、「紙代がかからないんだから、タダでいいだろ?」という一部読者の勘違いを排除しなければならない。実際には執筆・編集・レイアウト・宣伝その他、やはり経費がかかる。ただ、紙代・印刷代・在庫を保管する倉庫代・絶版の際の裁断代が浮くのは大きい。だから、電子書籍は今までよりは安くなるが、決してゼロ円や二束三文で売ってよいというものでもない。
一方で、法外な価格を設定する情報商材が参入してくるという問題もある。内容を隠すことで1万円~数万円という価格で売り付ける詐欺的商法は、電子書籍の世界から排除しなければならない。また、自費出版商法のようなものも排除していかねばなるまい。
電子書籍出版の世界は、多くの問題を抱えている。しかし、それでもなお、問題を解決していけば、これまで出版できなかった多くの作品を世に出すことが可能になるのではないかと思っている。
そして、電子書籍が増えることで、紙の本は必要なモノだけが出版されることになる。そうなると、今の過剰すぎる出版点数が絞られ、逆にちょうどよい点数となって、紙の本の世界も健全化することが考えられる。
わたしたちは今まさに「出版物」の転換期の時代に生きている。模索はまだまだ続くだろうが、おもしろい世界を開拓できるチャンスでもあると思う。
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