杉並の里子死亡事件を契機に知っておきたい里親制度

数日前に、杉並で里子として養育していた女児に暴行を加えて死なせた、という事件が報じられたが、これに絡んで里親養育制度について少しまとめておきたい。東京都の場合、里親には大きく分けて二種類ある。養育家庭(ほっとふぁみりー)と養子縁組里親である。いずれも東京都児童相談所が担当しており、趣旨は共通している。

今回の事件の場合は養育家庭だったようだが、養育家庭ならいつでも撤回することができる。里親をしていた女性は、自分ではこの子を育てられないと思った時点ですぐに児童相談所に相談すべきだった。問題は「なぜ相談しなかったのか」であって、里親・里子制度そのものを疑問視すべきではない。

なお、わたしは「子供の養育は実親(実母)だけに負担させるのではなく、社会全体がバックアップして育てるべきだ」と強く信じている。特に少子化対策というのであればなおさらである。

2011年8月25日14:42| 記事内容分類:日本時事ネタ| by 松永英明
この記事のリンク用URL| ≪ 前の記事 ≫ 次の記事
タグ:子育て|
twitterでこの記事をつぶやく (旧:

養育家庭

里子を委託 東京都が経緯説明 NHKニュース

東京都によりますと、鈴池容疑者は平成19年11月に、「社会的貢献がしたい」という理由で里親の登録を申請し、翌年の1月に養育家庭に登録されました。そして、おととし3月から実の親の事情で民間の施設に預けられていた当時2歳のみゆきちゃんとの交流が始まり、9月に里子として預かったということです。鈴木所長は鈴池容疑者について、「里親制度に理解があり、養育に熱心な方という印象だった。里子は小さいお子さんを希望していた。実子の養育経験があったことなどから、委託が適切と判断した」と述べました。また委託後の支援については、当日と翌月に家庭訪問を行ったほか、里子との2回の面接や、里親によるクリスマス会などで様子を確認したということです。さらに、電話による養育状況の確認を合わせて20回行ったということですが、「虐待の兆候は特に見られなかった」としています。

この報道によれば、鈴池容疑者は「養育家庭」であったことがわかる。NHKの朝の連続テレビ小説「瞳」で西田敏行が演じていたのはこの養育家庭の里親である。

東京都の場合、養育家庭には四種類ある。上記の「養育家庭」のほか、「専門養育家庭」(障害を有するなど専門的なケアが必要な里子を養育する)、「親族里親」(三親等内の親族が養育する)、そして「養子縁組里親」である。

親族里親は血縁ということでちょっと事情が違う。また、専門養育家庭は養育家庭の中の特別な例と考えることができる。したがって、大きく分けると「養育家庭(ほっとファミリー)」と「養子縁組里親」の二種類ということになり、里親登録を希望する時点で、養育家庭としての登録なのか、養子縁組里親としての登録なのかで完全に分けられている(両方同時の登録はできない)。

何が違うのかといえば、期間限定なのか、将来にわたってずっとなのか、というところだ。ほっとファミリーのページ 東京都福祉保健局のページにも冒頭に書いてあるとおり、「養育家庭とは、家庭で暮らすことができない子供を、養子縁組を目的とせずに、一定期間養育していただく家庭のことです」とある。NHK「瞳」でも、以前里子だった子が訪ねてきたり、里子の期間が終わって家を去る里子が描かれていた。

もちろん、そのまま養子縁組に至る例も少数ながら存在しているが、基本的に一定期間である。一方、養子縁組里親では戸籍に入ることになる。養子縁組にも2タイプあって、「普通養子」の場合は生みの親との関係が残り、戸籍には養子・養女と書かれる。一方、「特別養子」の場合は生みの親との縁は法的に切れ、戸籍にも長男・長女等と書かれて実子扱いとなる。児童相談所で扱うものの多くは特別養子縁組ということになる。

今回の事件の場合、里子の名前が「渡辺みゆき」ちゃんと報じられており、これも養子縁組ではなかったことを裏付けている。

里親・里子のマッチングは慎重に行なわれている

NHKの報道をタイムラインとしてまとめ直してみよう。すると、非常に典型的な養育家庭のプロセスをたどっているといえる。

  • 平成19年(2007)11月:里親登録申請。
  • 平成20年(2008)1月:養育家庭に登録。
  • 平成21年(2009)3月:当時2歳の渡辺みゆきちゃんとの交流開始。
  • 同年9月:里子として預かる。児童相談所による家庭訪問。
  • 同年10月:児童相談所による家庭訪問。
  • 同年12月:里親によるクリスマス会で様子を確認。
  • 平成22年(2010)8月:渡辺みゆきちゃん死亡。

里親登録のためにはNPOが受託している「里親認定前講習」を受けることが義務づけられている。その後、家庭訪問などを経て養育家庭登録に至る。登録は3か月に1回くらいのペースで行なわれており、現在は1月・4月・7月・10月ごろのようだ。

里親に登録してもすぐに里子が来るわけではない。里親を志願する人が少ないと世間的には言われているが、東京都内で現在、親の手を離れて養育を受ける必要のある子供が4000人くらい、その多くが施設にて育てられており、意外と「里親」になる機会がめぐってくるチャンスは少ないのが実情である。

マッチング自体は児童相談所が行なう。里親担当の職員と里子担当の職員が組み合わせを考え、そこで交流が始まるわけである。杉並児童相談所長が「里親制度に理解があり、養育に熱心な方という印象だった」「実子の養育経験があったことなどから、委託が適切と判断した」と述べているのは、杉並児童相談所の里親担当職員がそのように判断したということである(なお、児童相談所は都の機関であり、杉並児童相談所も杉並区の機関というわけではない)。

今回の事例でも、3月に交流開始してから半年後の9月に里子として預かったという。6か月間の交流期間を設けているわけである。この交流期間に、里親側も里子側もお互いに「この親・この子と一緒に暮らしていけるかどうか」を慎重に判断することになる。子供側がなつかない場合もあれば、里親側がどうも受け入れられないと感じる場合もある。そういう場合は無理せず破談にすることが推奨されている。実際、一度の交流でいきなり決まる率は決して高くない。むしろ、何度も「合わない」子たちと会っていくのが普通である。

特に、こういう施設で育てられている場合、先天的・後天的な障害を持っている事例が多く見られるという事実も児童相談所から里親に伝えられている。だから、無理しないことも強調されているのである。

みゆきちゃんとの交流が始まったのは、登録後1年以上経ってからだった。それ以前に何人かの子供と交流をしていたかもしれない。いずれにせよ、里親登録してから一年半以上かけて、みゆきちゃんが家に来たわけである。

この間の経緯については非常に一般的な経緯を経ており、他の大多数の問題ない事例と合わせて考えても、特に問題があったとは思えない。

なお、特別養子縁組里親の場合、6か月間程度の交流期間を経て里子とするところまでは養育家庭と同じだが、その後さらに6か月の試験養育期間を経て家庭裁判所の審判を受けた上で「実子」となる。さらに慎重に扱われ、しかも司法の判断が加わることになる。

ブログ記事の検証

ここで容疑者のブログ記事を少し読んでみよう。ただし、報道ではごく一部分しか抜粋しないため、原文とはニュアンスが変わるおそれがある。以下、特に異常として報じられたものの原文について、魚拓等から再現してみた。

ゾンビの原因は・・・
2009.10.02 Friday

ここ数日、里子の目が左右に離れたり・・・白目をむいて追いかけてきたり・・・というゾンビ現象が続いていて、どうしたものかと思っていたのだが、「寝る場所を変えればいい」というアドバイスに従ったら・・・不思議なことにゾンビにならなくなった。親でさえブキミと感じるほどの驚くべき顔で保育園や学校に行ったら絶対いじめられると思い、正直本音は困っていたのだが、昨日今日とまったく、ゾンビにならなくなった。不思議。でもよかった。とりあえず、ゾンビから脱出!

このブログ記事は「里子をゾンビなどと呼んでいる」という非難的文脈で報じられたが、わたしには里子が変な状態から「脱出」したことを心から喜んでいるとしか思えない。ただ、この里子に(実子のときには経験しなかった)状態が見られてとまどっている様子もうかがわれる。

次は、「ダークサイド」というような言葉が問題視されたブログ記事である(誤字等原文ママ)。

心と体の共有
2010.07.09 Friday

お尻が汚れていれば泣く。
お腹がすけば、赤ちゃんはなく・・・と思っていた。
でも、わたしが16年間という長いスパンで預かった里子は、明らかに心と体がつながっていない。
嬉しくても、楽しくても、無意識に泣き、嫌な時には笑うこともある・・・
この現状を、わたしはどう回避する方向に向かえばいいのか?!
本来、人間の兼ね備えたものが、まっすぐな感情表出ではないということ?
だったら、わたしたち表現者がが表出するものは何なのか?
ステレオタイプとは何を対象にしてできるものなのか?
なんだか、里子と向き合っていると、いろんなものが見えなくなっていく。
これが、ダークサイドなのか?
それとも、普段私が接してる世界のが本質からかけ離れているのか?

・・・ああ、だめだ。わたし、風邪引いてる。

渡辺みゆきちゃんがなぜ施設に預かられることになったのか。それは実親のプライバシーとも絡むために法廷以外で公表されることはないだろうが、上記の記載によれば何らかの障害を持っていたのではないかと考えてよさそうだ。とすれば、「心と体がつながっていない」という部分だけを取り出して「里子を異常視した」という印象を与える報道は問題があるだろう。

また、我々の認識しているものが絶対的ではないかもしれない、という考え方自体は仏教的な考え方でもある。同じものを見ていても、見る人によってとらえ方が変わるという唯識的な発想からすれば、容疑者の考えは決して異常なものというわけでもない。

ただ、残念なのは「風邪引いてる」という表現にも見られるとおり、それが容疑者を精神的に追い詰める方向に向いていたことだ。そして、みゆきちゃんの養育は(実の親のみならず、それなりの覚悟をしていたはずの)容疑者の養育能力をも超えてしまったのだ。

この時点で児童相談所にきちんと相談があれば、と思わずにはいられない。里親だって人間であるから限界があってもおかしくない。「16年間という長いスパンで預かった」というのは、当然ながら「絶対的な決定事項」ではない。どうしても無理、と思ったら一時的にさらに別の人に預かってもらって休むなり、あるいはみゆきちゃんの里親を断念するということだって当然可能だった。

しかも、障害が疑われるのである。もしかしたら乳児院時代には表面化していなかった障害かもしれない。場合によっては専門養育家庭レベルの事案だったかもしれない。少なくとも、初めての里親には厳しい案件だったかもしれない。

もちろん、預かるといったのにちょっとやって「やっぱり無理」みたいなのが当たり前になってしまうと、それこそ無責任な話ではある。しかし、限界を超えてしまう前に撤回しないと、里親も里子も、そして実の親もすべてが不幸になってしまう。里親は、児童相談所などと「弱音をきちんと共有」することが大事だろうと思う。

善意で始めたのに自分自身を追い詰める結果になっては元も子もないではないか。

子供を社会で育てる体制

東京都の場合、養育家庭里親もしくは特別養子縁組里親に登録しようという人が震災後急増しているという。そのことは「自分にできる貢献をしたい」人が増えているという点で非常によいことだろう。だが、被災地で実際に里親を必要とする子供は実はそれほど多くないようだ(親族に引き取られる例が大多数らしい)。

それはともかく、わたしはこの里親・里子の制度は問題点を改善しつつ発展させるべきだと思う。それは、この少子化時代の中で「母親に育児負担を全面的に押しつける」ような社会の仕組みは改善しなければならないと信ずるからである。つまり、子供を育てる責任・負担を親だけに押しつけるような社会であってはならない。

自民党は7月に発表した「日本再興」の第6分科会【教育】の中で、「「子どもは親が育てる」という日本人の常識を捨て去り、「子どもは社会が育てる」という誤った考え方」と言い切った。わたしは、少なくともこの少子化時代においては自民党の考え方が完全に誤っていると断ずる。

このような考え方は、親の身勝手な理由ではなく病気その他の事情で実子を自分で育てられない親を完全に否定している。また、親子関係を血縁関係に限定し、血縁を必要以上に絶対視するものである。

実際のところ、「子供を産む能力」を有している女性と、「子供を養育する能力」を有している男女は決して一致するとは限らない。身体的、経済的な理由もあるだろうし、資質的な理由の場合もある。となれば、DVをやめられない実親より、慈愛に満ちた里親に育てられた方が幸せということは非常に多いだろう。

子供の虐待事例では実子に対するものが非常に多い。また、再婚者の場合の連れ子へのものも多い。そういう家庭の子より、里子や施設の子が「実の親と一緒に暮らしていない」というだけでカワイソウと思われるような状況は完全に間違っている。

自民党はまた「日本再興」の中で「父母ともに育児休業制度を十分に活用するとともに0歳児については、家庭で育てることを原則とし、家庭保育支援を強化する」と主張し、ゼロ歳児保育を拒否するものと解釈されている。保育所に預けることが正しい育児ではないというような自民党的なとらえ方は、根本的に間違っているし、これは「女性は出産後一年間は働くな」と言っているのと同じである。もしそうなら、かえって「0歳児保育期に母親が仕事に出ず家庭で育てるための手当て」が必要なはずだ。

しかし、実際には妊娠がわかった時点で暗に出産休暇を機に退職を強要される事例が後を絶たないなどの実態もある。育児休業制度など実際には一部しか機能していない。その結果、「女は子供を産んだら家で育てろ」という圧力があるがゆえに妊娠を避ける事例が多く、結果として少子化の一因となっているという現実から目を背けた議論を展開しているのが、自民党の「日本再興」なのだ。

私は「子供は社会が育てる」という言い方はしない。だが、社会は子育てする親を全面的にバックアップする必要があると強く信じる。その意味で、里親・里子の制度も、今回のような不幸な事件を乗り越えてしっかり発展してほしいと思う。

【広告】★文中キーワードによる自動生成アフィリエイトリンク
以下の広告はこの記事内のキーワードをもとに自動的に選ばれた書籍・音楽等へのリンクです。場合によっては本文内容と矛盾するもの、関係なさそうなものが表示されることもあります。
2011年8月25日14:42| 記事内容分類:日本時事ネタ| by 松永英明
この記事のリンク用URL| ≪ 前の記事 ≫ 次の記事
タグ:子育て|
twitterでこの記事をつぶやく (旧:

このブログ記事について

このページは、松永英明が2011年8月25日 14:42に書いたブログ記事です。
同じジャンルの記事は、日本時事ネタをご参照ください。

ひとつ前のブログ記事は「「島田紳助」さん、お疲れさまでした。人情に篤いヤンキー気質の光と影」です。

次のブログ記事は「金沢「モスク計画に住人反対」記事読み比べ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。
過去に書かれたものは月別・カテゴリ別の過去記事ページで見られます。