世田谷弦巻の「ホットスポット」現地報告(蛇崩川の谷さんぽ)
世田谷区弦巻の区道の一部から高い放射線量が検出され、一時はホットスポットではないかと疑われた。しかし、夕方になって「家の床下に置かれていた段ボール箱の中にあった瓶から極めて高い放射線量が検出された」と報じられた。結局、原発によるものではなかったわけだ。
しかし、そのことが判明する前にわたしは現地に向かっていた。現場に着いたのは午後五時過ぎで、夕方の報道はまだ見ていなかった。とりあえず、現地の様子を地理的な関心も含めて報告しておく。
川底の家
12日に最初に発表された時点では、世田谷区内の区道の一部というだけの報道で、具体的な場所はよくわからなかった。13日の東京新聞:世田谷で最高2.7マイクロシーベルト 弦巻 小学校の通学路:社会(TOKYO Web)記事でようやく、おおよその場所がつかめたのである。
このあたりはわたしもよく知っている。というのも、近くに世田谷区立中央図書館があるからである。さらに詳細な現地の地図を見たところ、道の曲がりくねり具合から「これは昔、川があった地形だ」とピンときた。ここから南に行けば桜新町だが、「双子の給水塔」として親しまれる駒沢給水塔がそびえる丘がある。その丘の北を東西に走る谷の底のように思われた。雨水が集まりやすい地形、と報じられていたことと、丘の上ではなく谷底だというのは一応矛盾していない。
しかし……と多少の懸念を持ちながら、実際に現地へ向かった。
可愛い二両編成で有名な世田谷線に乗り、上町駅で降りる。中央図書館とほぼ同じ方向だ。世田谷のボロ市が開かれる通りを通って、駅から南西方向に向かう。中央図書館のある通りを渡ってさらに南西へ向かうと、ゆるやかな下り道になっていた。こういう高低差は、車だと気づきにくい。実際に意識しながら歩くことで、都会でも高低差を感じることができる。
坂道を降りきったところに、期待以上のものがあった。公園だ。
川の跡地と思われる谷底の地形に、小さな公園がある。そこには旅人が腰掛けている像があった。神奈川県の大山まで詣でる「大山道」を記念しての像で、ここは「大山道児童遊園」と名付けられている。世田谷ボロ市の開かれる通りは、実はこの大山道の一部でもあった。
おそらく、ここには橋があったのだろう。小さな公園の東側(川下)には区営弦巻四丁目アパートがあり、反対側が区立弦巻五丁目住宅である。川だった場所が公的施設になっているというのは、考えてみれば当たり前のことかもしれない。大山道児童遊園から川筋(一番低い場所)を西に向いて眺めた写真がこれだ。実は、この突き当たりの右手が問題の空き家である。
この道を歩いて行くと、右手(北側)に西弦巻保育園が見える。その西側に公園がある。公園の西側で道はつきあたって右折し、川底の少し北側を走っている道に合流する。その曲がり際の突き当たり右手、交差点の角にあたるところにあるのが問題の空き家だ。
周囲はかなり開発されているが、この空き家のみが「昭和の家」のたたずまいである。庭には武蔵野の森の一部が残っているかのようだ。
この写真は公園から撮ったもの。
現場を見て
現場には取材陣が陣取り、その入り口に役所の人と思われる人たちが並んで内部に入らないように塞いでいた。
「近づかないようカラーコーンを設置した」と報じられていたのは、空き家の玄関より向かって右手、北側道路との間のスペースだった。そこは道路から少し下がった空間となっており、民家の板塀との間を通れるようになっている。現場では報道陣の求めに応じて放射線量が計測されたりもしていた。
電信柱と塀の角度を見れば、勾配の様子がわかると思う。家の北側の道より家が低い。
コーンで囲われた場所。ブレた。
北西側、道を挟んで撮影。
雨水によるものだとしたら、ちょっとおかしいだろうという気はした。川筋ということは、確かに南北から雨水が流れ込んでくる谷底であると同時に、川下に流れていく場所でもあるからだ。実際、コーンの置かれている下に排水溝がある。この途中でいきなり高い放射線量が計測されるというのはどうも腑に落ちない。
しばらくぶらついていると、どこかのテレビ局が現地で専門家にインタビューを始めた。ちょうど撮影している目の前にやってきたので、聞くともなく聞いていたら、どうも「雨水によるものではない」「セシウムではないかもしれない」「屋内から何か発見されたという情報がある」「ラジウム説もある」というような話になっている。「インターネット等で購入できたりもしますからね」というようなコメントも聞こえてきた(おそらくこの記事をアップする時点で、すでに放送されていると思う)。
なるほど、それなら納得できる。地形的にここがホットスポットになる理由はないからだ。もしこの地点で放射線量が高いというのが東からの風によるものなら、この谷一帯が汚染されているはずである。
少々拍子抜けしながら、上町駅まで戻るまで川筋をたどってみることにした。
蛇崩川
西弦巻保育園の南側の道が、見たところ谷底に当たっている。そこでその方向へまっすぐに向かう。先ほどの大山道の像を過ぎ、区営弦巻四丁目アパートの南側を進むと、そのまままっすぐは進めなくなってしまった。一度南へ折れてから、さっきの像のあるところまで迂回して戻ることにする。谷より少し登る感じで、途中にはスポーツクラブが賑わいを見せていた。
再び大山道の像に挨拶をして、今度は弦巻四丁目アパートの北側を歩く。おそらく、これが川沿いの道路だったのだろう。曲がりくねり具合が川に沿っているが、ここは谷底ではない。
少し歩くと道に出る。右手に広がる敷地は、東急バスの弦巻営業所だった。その営業所の敷地の南側(先ほど突き当たりになった道の先)に細い水路が出てきている。その延長上、道を越えて向こう側に、区立松丘小学校と中央図書館に挟まれた緑道が伸びているのである。
緑道の入り口には案内板がある。そこには「蛇崩川緑道」と明記されていた。例の空き家は蛇崩川(じゃくずれがわ)の谷底にあったのだ。蛇崩川は現地のすぐ西にある馬事公苑から発している。
もう暗くなってしまっていたこともあり、また蛇崩川緑道はもう少し下流を歩いたこともあったので、そこから上町駅へと戻ることにした。以前歩いたというのは一年前、桜新町・駒沢の双子の給水塔から三軒茶屋のキャロットタワーに向けて北東へ一直線に伸びる水道みちを歩いたときのことである。駒沢の丘の北麓を東へ流れる蛇崩川は、駒沢中学校近くで給水塔からの水道みちと平行して進む。
蛇崩川緑道は、三軒茶屋の手前で東南に流れを変え、水道みちと交差し(そこには「水道橋」という名の橋があったと記されている)、文字どおり紆余曲折の末、中目黒付近で目黒川に注ぎ込む。
わたしが実際に歩いたのはその一部でしかないが、ああ、あの緑道につながっている場所か、と思うことはなかなか感慨深いものであった。
ところで、蛇崩川緑道の案内地図を見て気づいたのだが、この近くに八幡神社があったようだ。ちょうど大山道児童遊園の手前あたりのようである。世田谷区内の大きな八幡神社の立地については調べたことがあったので非常に気になるが、今日は暗くなってきたこともあって見送りとした。
- No.104:世田谷の八幡宮の謎(1) - ゲニウス・ロキ探索
- No.105:世田谷の八幡宮の謎(2) - ゲニウス・ロキ探索
- No.106:世田谷の八幡宮の謎(3) - ゲニウス・ロキ探索
- No.107:世田谷の八幡宮の謎(4終)自由が丘編 - ゲニウス・ロキ探索
幸いにして拍子抜けの結果
現地は至近距離で松丘幼稚園と西弦巻保育園に挟まれており、その「川下」にあたるすぐ近くには松丘小と中央図書館がある。もしこのホットスポットが原発由来で雨水と関係のあるものであったとしたら、近隣の住人が不安に思っても仕方のない状況だった。雨水の流れでいえば、地形的には蛇崩川から目黒川の流域全域に及ぶ問題である。
しかし、幸いにしてそれは謎の放射性物質を含む瓶が原因だった。流路や雨水とは何の関係もなかった。その瓶の中身の出所や流通径路については公的な調査の結果を待つとして、我々は予断を持たずに淡々と事実を事実として知ろうという努力を怠るべきではないと思う。
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