木村カエラCMのエセ関西弁が気持ち悪い理由
木村カエラのキシリッシュCMのエセ関西弁がとにかく気持ち悪い(→CM GALLERY(CMギャラリー)|XYLISH (キシリッシュ)|株式会社 明治)。少なくとも京阪式アクセントで生まれ育った人間にとって、これは「バカにしとんのか」と生理的嫌悪感を抱かずにはいられないレベルである。中途半端に似せているがゆえに、違うところがあまりにも気持ち悪く、「ほかのガム噛んだらあかんで」と言われてもかえって「キシリッシュだけは金輪際噛んでたまるか、一生噛まんわ」と思ってしまうほどである。
なぜ中途半端なエセ関西弁が気持ち悪いのか。言語学的な分析からその理由をまとめておきたい。
東京式アクセントの三大原則
わたし自身は奈良県の盆地部で生まれ育ち、高校は大阪泉州、予備校は難波、大学は京都だったので、奈良弁・河内弁・泉州弁・京言葉になじみがある。そのため、非関西圏(特に関東地方)の人が中途半端に関西弁を真似る「エセ関西弁」には、多くの関西人と同様に激しいアレルギーがある。
アニメ・エヴァンゲリオンのテレビ版での鈴原トウジの関西弁風発音は、まったく京阪式アクセントではなく、極めて気持ち悪かった。新世紀版ヱヴァンゲリヲンでは改善されていたが、関東人は関西人のアクセントの聞き取り・発音がまるでなっていないことが多い。ちなみに、名古屋弁のアクセントは東京式なので、関西人からみれば名古屋も関東なのだが、東京からみれば名古屋も大阪も同じように思われているようだ。このあたりですでに食い違いが生じている。
では、東京式アクセントと京阪式アクセントはどう違うか。東京に住んで15年になるのに京阪式がどうしても出てくるわたしに対して「上がり下がりをひっくり返せばいいんですよ」とアドバイスしてくれた人もいるが、実はことはそう単純ではない。
日本語のアクセントは、英語のような強弱ではなく高低によるアクセントである。そして、東京式アクセントには次の三つの特徴がある。
【東京式アクセントの三つの特徴】
- 語の第一拍と第二拍のアクセントの高低は必ず違う。
- 一語の中でアクセントが高いところは1か所である(1拍もしくは連続した数拍)。一度下がったら、一語の中で再び上がることはない。
- 特殊拍(ん、っ、ー)にアクセントの核はこない。
拍(モーラ)というのは日本語の音の基礎となる単位で、音節とは違う。基本的に「ん」や「っ」や「ー」も含めて仮名文字一つが一拍と思えばいい(例外は拗音で、「きゃ」「しゅ」「ぴょ」などは二文字で一拍となる)。つまり、「キ・シ・リ・ッ・シュ」は5拍(4音節)、「お・ー・さ・か」は4拍(3音節)となる。日本語のアクセント規則は音節ではなく拍(モーラ)によって決まる。
東京式アクセントで3拍+助詞(が/は)の言葉の場合、上記の1と2の条件を満たすパターンは4つとなる。低いアクセントを○、高いアクセントを●(助詞は▽▼)で表わすと以下のとおりである。
- 平板型:○●●▼(さくらが)
- 尾高型:○●●▽(おとこが)
- 中高型:○●○▽(なかみが)
- 頭高型:●○○▽(みどりが)
また、特徴3については、たとえば「コーヒー」は○●●○となる。この高いところから低いところへ下がる直前の音が「アクセントの核」と呼ばれる(コーヒーなら「ヒ」)。このアクセントの核は、東京式アクセントでは絶対に「ん」や「っ」や「ー」に来ることがない。つまり、「ん」や「っ」や「ー」まで高くてその次の音から下がるということは絶対になく、その前で下がる(もしくはもっと別のところで下がる)ことになる。
京阪式アクセントは東京式と根本的にルールが違う
ところがである。京阪式アクセントは東京式アクセントをひっくり返せばいいのではない。3拍語のアクセントの4パターンの中で入れ替わるのであれば覚えやすいのだが、先ほどの「東京式アクセントの三つの特徴」そのものが京阪式アクセントには存在しない。つまり、根本的なルールが全然違うのである。
【京阪式アクセントの特徴】
- 語の第一拍と第二拍が同じときもある。端(●●)、箸が(○○▼)など。
- 一語の中でアクセントが2回下がることもある。「おおきに」は地域・年代によって「○○●○」と「●○●○」の2種類が存在するが、後者は音が二回下がる。
- 特殊拍(ん、っ、ー)にアクセントの核が来ることもある。中国(ちゅーごく:○●○○=「ちゅ」は一拍)など。
こうなるとアクセントのパターンも当然、東京式と比べて多くなることがわかるだろう。言い換えれば、この東京式と京阪式のアクセントの「根本ルールの違い」に無自覚なまま関東人が関西弁を真似ようとしても、どうしても間違いが生まれてくるのである。そして、「同じ高さが続く」べきところをどうしても「一拍目と二拍目の高さを変えてしまう」ミスをしてしまう。そこに、関西人は「いい加減にマネして、バカにしとんのかいな」と反発を感じるのである。
カエラの発音チェック
では、CMのカエラの発音を細かくチェックしてみよう(なお、関西の中でもアクセントは地域や年代によって違いがあり、以下の判定はわたしの個人的経験と感覚によるものであることを断っておく)。カエラは音感が優れているようで結構うまい部分も多々あるのだが、一部に致命的なミスがあって「エセ関西弁」になってしまっていることがわかる。●が高、○が低、◎が語尾で少し上がる音である。カエラの発音をスクリプトの下に書いてみた。
あんたなあ、ぼーっとしてたら あかんでぇ
○○○●○ ●○○○○○○○ ●●○○○
出だしの「あんた」が低いまま移行するのはよい。だが、「ぼーっと」と「あかん」が先ほどの特徴3にひっかかっている。「ぼーっと」は「●●●○」もしくは「○●●○」になる。つまり、アクセントの核が「っ」に来なければならない。「あかんでぇ」は「●●●○◎」で、アクセントの核は「か」ではなく「ん」に来る。また、最後は心持ち上がる。
ガムと言えば キシリッシュやでぇ
●○○●○○ ●●●●○ ○○○
ここはなかなか健闘している。厳密には「やでぇ」は次第に少しずつ下がっているが、これはいいだろう(「で」が一番下がって「ぇ」で少し上がるともっとかわいくなる)。新語である「キシリッシュ」の発音には決まりはないと思うが、個人的には「シュ」の前で下がるのがなじむ(東京式なら●○○○○もしくは○●●○○だろう)。
まちがえて ほかのガム噛んだら あかんでぇ
●●●○○ ○○○●○●○○○ ●●○○○
「まちがえてほかのガム」まではよい。その後、突然東京式になってしまうので、エセ関西弁の気持ち悪さが噴出する。「噛んだら」は「○○●○」、「あかんでぇ」は「●●●○◎」が京阪式である。この小さな間違いが「全体に関西風に見せようとしてやっぱり間違っている」という違和感の原因となっている。「あかん」の「か」の後で下がるか「ん」の後で下がるかは大きな違いとして受け取られる。
カエラ、泣くでぇ。ほな、さいなら
●○○ ●●○◎ ●○ ○○●○
最後は(多少誇張がすぎる気もするが)まあよい。一拍目と二拍目の高さが同じ語をちゃんと言っているからだ。「さいなら」は、わたし個人としては「●○●○」の方がなじんでいるが、「○○●○」の地域もあるかと思う。
こうして見ると、致命的なミスは「ぼーっとしてたらあかんでぇ」と「噛んだらあかんでぇ」の部分である。15秒のCMで4か所の違いは耳につく。特に「あかん」(●●●)を「ん」で下げずに平板に読む練習が必要だろう。「ガムといえばキシリッシュやでぇ」「カエラ泣くでぇ」というCMのキモの部分はよく発音できているというのに、こういう細かいミスで気持ち悪いエセ関西弁と感じられてしまうのはもったいない話である。
明治の広報担当者には、関西地区でのキシリッシュの売上が落ちる前に修正版を出すことをおすすめしたい。
追記(3/1)
逆に関西出身の人は、なぜそこまで方言にこだわるのだろう。東北弁なんか、テキトーに使われても腹立たんぜよ。 / “木村カエラCMのエセ関西弁が気持ち悪い理由[絵文録ことのは]2012/02/29” htn.to/TmJgJW
— 深町秋生さん (@ash0966) 2月 29, 2012
@ash0966 無アクセント地域の人はアクセントの違いが意味の違いにつながらないので気にならないんでしょう
— 松永英明@ことのはさん (@kotono8) 2月 29, 2012
@kotono8 あ、なるほど。アクセントの違いで、相当いらっとくるというのはあるでしょうね。
— 深町秋生さん (@ash0966) 2月 29, 2012
日本には大きく分けて「京阪式アクセント」「東京式アクセント」「一型式アクセント(無アクセント)」の3地域があり、特に無アクセント地域の人は同じ語をどんなアクセントで言っても通じてしまう。アクセントの種類が多い京阪式の地域では特に、アクセントの違いに敏感になる。
「あえてわざと気持ち悪い関西弁を目指したのではないか」という意見も散見されるが、それならその意図自体が関西言葉(もしくは方言全般)をバカにしているといえる。ただし、「足立区出身のカエラに関西弁を話させる」という新規さを求めてCMを作成したが、方言指導が不充分で当初の目的を達成できない失敗作となった、というほうがありそうに思える。
なお、関東人が関西人に引きずられてたまに関西弁になる、というようなのは関西人も目くじらを立てない。ただ、中途半端な関西弁をドヤ顔で「お前たちの言葉はだいたいこんな感じなんだろ?」と話されると小馬鹿にされているようにしか思えず気持ち悪いということである。「ジャップってサムライとニンジャばかりで、いつもハラキリしてんだろ?お前の家族もカミカゼやったのか?hehehe」と小馬鹿にして言われているような気分だといえば伝わるだろうか。
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大河ドラマ「平清盛」の兎丸役の加藤浩次のエセ関西弁が気持ち悪いです。京出身の盗賊だか海賊だから畿内言葉(関西弁)という設定みたいですが、主なキャスト殆どが畿内出身だから、全員関西弁であってもおかしくないのに、なぜか海賊の加藤だけが関西弁、しかもエセ関西弁。
エセ関西弁のアクセントという気持ち悪さより、むしろステレオタイプとして関西弁を使っている気持ち悪さを感じます。特異なキャラクターでなぜか関西にも関係ないのに喋ったり、関西人キャラというのが創作だとよくありますし。
木村カエラさんにしても、CMの言葉はおばさん言葉、若い女性の関西弁ではありません。やはりステレオタイプを演出しているのではないでしょうか。そこから来る気持ち悪さがアクセントよりも大きいと感じます。