誤解を招きやすい「全ての言語はトルコに通ず」記事を正確に読む

「全ての言語はトルコに通ず」?英語もヒンディー語もルーツは同じ、国際研究 国際ニュース : AFPBB Newsという報道が流れたが、これは非常に誤解を招きやすい。本文を詳細に読めばわかるようにはなっているが、見出しだけで誤解している人も実際にブクマコメント等で見られる。

第1点。「全ての言語」ではなく「すべての印欧語」と書くべきである。

第2点。「トルコ」といってもトルコ語は関係ない、現トルコ共和国のアナトリア地域(小アジア)起源という説の紹介。つまり、ここでの「トルコ」は言語でも民族でも国家でもなく場所のみを指すが、言語の話なので紛らわしい。

以下、詳細に述べる。

2012年8月29日11:25| 記事内容分類:言葉| by 松永英明
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タグ:アフリカ起源説, 言語学|
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サイエンスに発表された論文

【8月28日 AFP】英語もヒンディー語も、ロシア語もイタリア語も、みんな起源はトルコ――。こんな国際チームの研究結果がこのほど英科学誌ネイチャー(Nature)に発表された。疫病流行の追跡用に開発されたコンピューター・モデルを使って言語の進化をさかのぼったところ、数百種類のインド・ヨーロッパ語の発祥地は全てトルコに行き着いたという。

「全ての言語」といえば当然、日本語やアイヌ語や中国語や朝鮮語やチベット語やビルマ語やハワイ語やアラブ語やスワヒリ語など多種多様なありとあらゆる言語を思い浮かべるはずだが、ここで言われているのは「インド・ヨーロッパ語族」に属する言語だけである。

インド・ヨーロッパ語族に属することばは共通の「印欧祖語」を持つということは、もうずいぶん古くからわかっていることである。たとえば「英語もヒンディー語も、ロシア語もイタリア語も」と記事には書かれているが、それ以外にもドイツ語もサンスクリットもパーリ語もラテン語もギリシア語もスペイン語もチェコ語もアイスランド語もゲール語もイラン語も含まれる。つまり、ヨーロッパからペルシア、インドにかけて広まった一大言語群が同じ祖先を持っている。

さて、今回の研究結果について、AFP記事ではNatureに発表されたとあるが、これは誤りで、正確にはScience誌である。概要はこちら(全文は有料)

Mapping the Origins and Expansion of the Indo-European Language Family

概要を訳すと以下のとおりである。

インド・ヨーロッパ語族の起源に関しては二つの説が対立している。従来の見方では、その故郷を約6000年前の黒海の大草原地帯としてきた。もう一つの仮説では、印欧語はアナトリアから広まり、8000年から9500年前の農耕の広まりとともに広まったと主張する。我々はベイジアン系統地理学的アプローチを用い、古代および現代の103のインド・ヨーロッパ語の基本語彙データを使って、この語族の拡大をモデル化し、二つの仮説を検証した。その結果、大草原起源よりもはるかにアナトリア起源説を決定的に裏付けることとなった。インド・ヨーロッパ語の系統樹において推定された時代および根源の地は、8000年から9500年前に始まったアナトリアからの農耕の拡大と一致している。これらの結果により、系統地理学による推論は、人類の先史時代についての議論を解決する上で決定的な役割を果たすことが浮き彫りになった。

この研究についてはNatureのNewsで報じられたので、記者は論文自体がNatureに発表されたものだと勘違いしたのだろう。

ここには、印欧語がどのように広がっていったかを示す動画も紹介されている。

関連記事は2003年にも出ている。

地域名として使われている「トルコ」

Natureの記事でTurkeyという言葉が使われているのでこれ自体が紛らわしいとも言えるのだが、この記事で言うトルコというのは場所を指すだけであり、トルコ語やトルコ人やトルコ共和国とは何の関係もない。Nature記事でも「Anatolia — now in modern-day Turkey(アナトリア、現在のトルコ付近)」と記されている。

アナトリアは現在のトルコ共和国のある半島で(特にその西部~中部)、小アジアとも呼ばれた。このあたりが印欧語の故郷に当たると考えられる、というのが今回の研究結果である。

一方、トルコ人はもともと中央アジアに住んでいた部族が始まりで、6世紀には「突厥(テュルク)」の大帝国を打ち立て、中国の南北朝から隋の時代に中国北辺を脅かした。6世紀末には東突厥と西突厥に分裂し、8世紀にはどちらも滅亡した。突厥以外のテュルク系民族は鉄勒と呼ばれるが、その中からウイグルやオグズといった勢力が勃興した。

テュルク系遊牧民オグズの指導者セルジュークとその一族が打ち立てた強大なイスラム帝国がセルジューク朝である。セルジューク朝は中央アジアからイラン、中東、現在のトルコ方面まですべて支配下に収める。ここでトルコというのは多民族帝国となった。この大帝国は11~12世紀に最盛期を迎えるが、やがて滅亡していった。

その後も中東から中央アジアの広い地域でトルコ系の支配者が建国する。モンゴル系も勢力を伸ばしたが、モンゴル系のティムール帝国でもチャガタイ・トルコ語が用いられた。

14世紀にはアナトリア地方を本拠地とするトルコ系のオスマン帝国(オスマン・トルコ)が勢力を拡大し、実に20世紀まで帝国が存続する。現在のトルコを中心に、東ヨーロッパからエジプトを含む地中海南岸や中東地域を支配下に収めた。しかし、第一次世界大戦後にトルコ革命が起こり、トルコ共和国となる。そのため、トルコ民族発祥の地である中央アジアから遠く離れたアナトリア地方が「トルコ」と呼ばれることになった。なお、トルコ系の国名や地名としてはトルクメニスタンやトルキスタンなどがある。

で、トルコ語はインド・ヨーロッパ語族ではなくアルタイ系のことばとされている。語順は日本語と同じSOV型に属する。したがって、この記事で「トルコ」というとき、それは場所を示すだけであって、トルコ語ともトルコ人ともトルコ共和国とも関係がないということは改めて押さえておきたいし、論文の中でも印欧語とトルコ語の関係については一言も触れられていない。

関連

2011年4月には、文字どおり「すべての言語」の起源がアフリカにあることを裏付けるデータがあるという研究結果が発表されている。この記事は原文を取り寄せて読んだ。

概要を訳すと以下のとおり。

人類の遺伝的・形質的な多様性は、アフリカから遠ざかるにつれて少なくなる。それは連続する個体群が広く拡張する中で多様性を失っていくという創始者効果によって予言されたとおりで、現生人類がアフリカ起源であることを実証するものである。ここでわたしは、世界中の504の言語サンプルで使われている音素の数が、連続的に変化しており、アフリカから拡散していったという説に基づく創始者効果と一致することを示す。この結果は、近年の人口統計的な歴史や、地方での言語の多様性、あるいは語族内での統計的な非独立性などでは説明ができない。遺伝的・言語的多様性が同じようなメカニズムを持っていること、現生人類の言語もまたアフリカ起源であることを示すものである。

これは、アフリカから離れるにしたがって言語の音素数が減っているというもので、これは「起源から時代的・場所的に離れて広がるにつれて多様性が失われる」という「創始者効果」が言語においてもみられる、という。つまり、現生人類の起源がアフリカにある(現生人類は人種としては一つで、5万年前にさかのぼれば全人類の先祖となった集団がアフリカにいた)というDNA的な見解とも一致するという。

たとえば音素数では、アフリカのコイサン諸語に属する!Xu(!Kung)語は141、アイルランド語が69、クルド語が47、英語が46、ベンガル語43、ドイツ語41、ロシア語38、フランス語37、北京語32、韓国語32、タガログ語23、イヌイット語22、日本語20、パプアニューギニアのロロ語14、ハワイ語13、ブラジルのピラハ語11とされている。

なお、日本語において、たとえば「はひふへほ」の子音は[h](は・へ・ほ)[ç](ひ)[ɸ](ほ)という3種類の「単音」から成っているが(これを[ ]で示す)、音としては同じハ行の子音として日本人は同じものと認識している。これはすべて音素/h/とみなす。

このように、音は違っても同じものとして扱っている(弁別しない)のをまとめて「音素」という。すると、日本語(東京方言)の音素は
/a/, /i/, /u/, /e/, /o/, /k/, /s/, /t/, /c/, /n/, /h/, /m/, /r/, /g/, /z/, /d/, /b/, /p/, /j/, /w/
の20個ということになるわけである。

現生人類はすべてアフリカから出た。その中で、アナトリア地方にいたグループが農耕を獲得し、その言葉がインド・ヨーロッパ語族として広まった。日本列島にはいろいろな時代にいろいろな集団がいろいろなルートでやってきた。また、人類が到達したなかでも最後に近い「未踏の地」がハワイだった。その過程で、アフリカから(人類の系統的に)遠ければ遠いほど、遺伝的にも形質的にも、さらには言語的にも多様性が失われていったとすれば、全体に辻褄が合うことになる。

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