《松永英明のゲニウス・ロキ探索――「場所の記憶」「都市の歴史」を歩く、考える 》はまぐまぐで発行されているメールマガジンです。

創刊号:「ゲニウス・ロキ」と場所の遺伝子

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はじめまして。
「絵文録ことのは」というブログを開設している松永英明と申します。
このたび、「松永英明のゲニウス・ロキ探索」というメールマガジンを発
行することとなりました。

 「ゲニウス・ロキ」?

耳慣れない言葉です。
おそらく、聞いたことがないという方がほとんどでしょう。創刊号である
今回は、この言葉について深く掘り下げていくことにします。

ゲニウス・ロキというのは、ある場所の歴史、土地の記憶といったものを
指す言葉です。

ある場所における建築計画、あるいは都市計画には、その土地にまつわる
歴史的経緯ですとか、由来・由緒といったものを考慮する必要があるとい
う考え方です。

◎ラテン語では「土地の精霊」

ラテン語で「ゲニウス」というのは、「精霊」とか「雰囲気」といった意
味になります。これはちょうど英語のspiritに当たります。また、これは
何かを生み出す男性的な要素も意味します。「父性として子を産ませる」
という意味合いがあるのです。

「ロキー」というのは「ロコス」=「場所」の属格ですから、「ゲニウス・
ロキー」で「場所の精霊」とか「その場所をつかさどる雰囲気」といった
意味になります。ローマ神話において、ゲニウス・ロキーはある場所の守
護精霊であり、蛇の姿で描かれることも多かったといいます。

ただし、これは日本の「土地の神様」や「産土神」などとは違っていて、
姿形もなく漂っているようなものと考えられていたようです。

なお、現代日本では多くの場合「ゲニウス・ロキ」と表記されていますの
で、ここでもそれに従うこととします。

◎近代英国建築におけるゲニウス・ロキ

ゲニウス・ロキという概念を建築の分野に持ち込んだのは、18世紀のイギ
リスの風刺詩人アレキサンダー・ポープでした。ポープは、建築道楽で有
名だった政治家バーリントン卿リチャード・ボイルに宛てた書簡(「バー
リントン卿への書簡」、1731年)において「genius of place」(場所のゲ
ニウス)という言葉を使っています。これが、建築学にゲニウス・ロキ概
念が導入された最初の例であるとされています。

  すべてにおいて、その場所のゲニウス(精霊/雰囲気)に相談せよ。
  それは水を昇らせるべきか落ちさせるべきかを告げてくれる。
  覇気に満ちた丘が天に向かうのを助けるべきか、
  谷を掘って丸い劇場にするべきかを教えてくれる。
  土地に呼びかけ、森の中の開けた空き地を捕まえ、
  喜ばしい木々に加わり、木陰から木陰へと移り、
  意図したラインを切ったり、方向を変えたりする。
  あなたが植えたとおりに塗り、
   あなたが作ったとおりにデザインしてくれる。
  (松永英明訳)

すなわち、建築や造園において、「その場所のゲニウス」(=ゲニウス・
ロキ)に適合させようとすることが、趣味のよいものを作り出すことにな
るというわけです。

◎日本でのゲニウス・ロキ

日本でゲニウス・ロキについて最も雄弁に語っているのが、鈴木博之氏で
す。鈴木博之氏は東京大学教授で、建築史を専門としています。
『東京の[地霊(ゲニウス・ロキ)]』『日本の〈地霊(ゲニウス・ロキ)〉』
と、タイトルに「ゲニウス・ロキ」を含む本も書かれています。

「地霊の力(ゲニウス・ロキ)という言葉のなかに含まれるのは、単なる
土地の物理的な形状から由来する可能性だけではなく、その土地のもつ文
化的・歴史的・社会的な背景を読み解く要素もまた含まれているというこ
とである。こうした全体性に目を開くこと、すなわちタウンスケープを、
その土地固有の微地形や歴史性との対応のなかで読み解くことこそが、地
霊の力(ゲニウス・ロキ)に対する感受性を生み出すのである。」
 (鈴木博之『建築の七つの力』鹿島出版会、1984)

ここに引用した鈴木氏の言葉は、ゲニウス・ロキというものが「土地」を
読み解く上でいかに重要かということを如実に示していると思います。

 以上の内容については、「ゲニウス・ロキ - 閾ペディアことのは」もご
参照ください。

◎ゲニウス・ロキと「場所の遺伝子」

『都市の遺伝子』『建築の遺伝子』といった言葉が、建築・都市・景観な
どについて論じられた書籍のタイトルとなっています。

中沢新一の『アースダイバー』では、古代の聖地は岬などに作られており、
その名残が今も神社などとして記憶を留めているという考え方が土台になっ
ています。この本の内容については改めて検証することになると思います
が、これも「地形」や「場所」そのものが聖なる「記憶」をとどめる要素
として扱われているといえます。

中国の地相占術である「風水術」は、今ではドクター・コパなどによるイ
ンテリア風水が主流になっており、なにやらパワーグッズを売るためのあ
やしげな話になっていますが、もともとは大地のエネルギーの流れを知り、
墓や家や都市の場所を選ぶためのテクニックでした。これは、それぞれの
土地の意味を読み解く技術でもあったのです。

ここ数年、パワースポットという言葉が使われるようになりました。その
パワースポットに行けば本当にパワーが得られるかどうかは別にして、こ
のように「場所」そのものに聖性を見いだそうとする人たちがいるという
事実を押さえておきたいと思います。

ここで言いたいのは別にスピリチュアルなことではなく、「土地」「場所」
というものが人の記憶や意識に対して重要な意味を持つものと考えられて
きたということです。

さらに広く言えば、たとえば日本列島の場所と地形は日本の歴史、日本の
文化とも深い関わりがあります。極東の東端にあって、朝鮮・中国と近い
場所にありながら、微妙に切り離されてきたことから、日本は独自の文化
を生み出してきました。

台湾という島は、16世紀まで原住民と対岸の福建方面からの移住者の住む
土地でしたが、ポルトガル人に支配され、その後は明の遺臣による抵抗運
動を経て、清朝において中国の一部とされました。その後、中華民国の時
代を経て、国共内戦後、国民党政権が亡命してきます。「両岸情勢」と呼
ばれる大陸中国と台湾の複雑な情勢は、まさに、中国本土からほんの少し
離れた台湾という地理的条件がもたらしたものです。

今、問題となっているグルジアの南オセチア/アブハジア独立問題にして
も、カフカス山脈(コーカサス地域)という地理的条件が大きな意味を持っ
ています。この問題については近いうちに扱いたいと思いますが、これも
「山脈を越えて南下したい」と考えてきたロシアと、山脈の南をすべて支
配していたこともあるグルジアとの宿命の戦いです。カフカス山脈という
場所がグルジア問題を引き起こしているといってもいいでしょう。

出来事の起こった「場所」に着目すると、いろいろと興味深い事実が見え
てくるはずです。

このメールマガジンでは、このように「場所」「土地」あるいは「街」
「都市」「地域」といったものに注目して、いろいろな出来事や歴史を読
み解いていきたいと思います。

末永くよろしくお願いいたします。

(……以下略)


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このページは、2008年9月 1日に発行されたメルマガ記事です。

次の号は「No.002:下北沢の庚申塔(1)デトロイト・メタル・シティ」です。

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