Wikipediaをwikiと略
提供: 閾ペディアことのは
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Wikipediaをwikiと略することは、言葉に厳密な人たちにとって非常な不快感をもたらす表現である。私は大嫌いである。
これは英語表記のみに限定されない。「ウィキペディアをウィキと略」でも同義である。
Wikipediaをwikiと略してはならない理由
- ウィキ/wikiは、もともと「Webブラウザから簡単にWebページの発行・編集などが行なえる、Webコンテンツ管理システム」[1] を指す総称であり、WikiWiki、YukiWiki、PukiWikiなど多数のウィキシステムが存在している。
- 通常、「ウィキ」と言えば、これらのウィキシステムについて話していると理解される。
- ウィキペディアはその「ウィキシステムを使った百科事典」であることからの命名である。
- したがって、「ウィキ」という言葉がシステムの仕組みを指す総称あるいは共通の名称として使われている以上、それを極めて限定されたウィキペディアを示す単語として使うことはできない。
- もし仮にウィキという言葉が他に(ほとんど)使われていなければ? その場合はウィキペディア=ウィキと略しても問題ない。
- たとえば、携帯するものは非常に多くあるが、それらの携帯物すべてを「携帯」という総称で呼ぶことはなく、また他に「携帯」だけでこの物品を指すという例は見当たらないので、「携帯電話」を「携帯」と略しても混乱が起きない。つまり、単に「携帯」と呼ばれるものがほかにないから可能なのである。「携帯」と聞いて「携帯灰皿」を思い出す人はほとんどいない。だから携帯=携帯電話でいいわけである。
- 言葉とは、事物を区別するためのものである。「ウィキ」で指し示すものがすでに他にあるのに(しかもそれが語源)、「ウィキペディア」を「ウィキ」と略せば、他のウィキなのかウィキペディアなのか混乱が生じる。
- では「ペディア」と略すのは? これも不可。なぜなら、「ペディア」は「~百科」を意味する接尾辞として使われているので、「どのペディアかわからない」という混乱を招く。
- じゃあ「ウィキペ」は? 私自身が使うかどうかは別として、いいと思う。なぜなら「ウィキペ」の略称は他に使われておらず、混乱することがないからである。ちなみに、ウィキペたんはすでに存在する。
考察
- ウィキペディアをウィキと略す人は、ウィキペディアを理解していないと見なしうる。なぜなら、ウィキペディアを理解していれば、それが基づいているシステムこそがウィキであり、ウィキを使った百科だからウィキペディア、ということは当然理解しているはずだからである。具体的には、ウィキペディアはMediaWikiというウィキツールを使っている。ここまで理解していれば、単に「ウィキを編集する」と言われても意味がわからない(意味が限定できない)という状態に陥る。
- 逆に言えば、ウィキペディアをウィキと略す人は、ウィキシステムの存在を知らないと見なしうる。なぜなら、ウィキが指す対象としてウィキペディアしか知らない(あるいは他のものはウィキとみなしていない)からこそ、ウィキペディアをウィキと略しても、他のウィキを指す危険性がないとして発話しているのである。
- しかし、ウィキといえば「ブラウザからページ単位で編集できるサイトシステム」と思っている人にとって、MediaWikiというシステムを「ウィキ」と呼ぶことはありえても、それによって表現されたウィキペディアをウィキと呼ぶことはありえない。
- たとえば、自動車はエンジンで動いている。しかし、他にエンジンが使われている機械が多数あるのに、自動車を「エンジン」と呼べば、何言うてはんのあんさん、エンジンが走っとったらえらいことなりますやんか、あんたどのエンジンのこと言うてはりますのん?という話になる。ウィキペディアをウィキと略すのは、これに近い乱暴な発話である。
- このように、言葉をどのように略すかは、その人の意識を反映する。何を同一カテゴリとし、何を別の言葉で言い分けるかということは、言語学の意味論とも重なる重要な問題である。