売春婦異名集

出典: 閾ペディアことのは

売春婦異名集

『笑ふ女 本名売春婦異名集』は、大正十年、宮武外骨編集・発行の書籍である。

以下、松永英明が原著(再版)に基づいて全文訳して掲載する。

目次

自序

各国の郵便切手を集め、マッチのレッテルを集め、藩札を集め、富札を集めて娯楽とする人々は多い。何のためにそういうものを集めるのかと難詰する者がいれば、皆それぞれの口実があるだろう。しかし、つまるところは集めることに趣味があるとしてただ「何となくおもしろい」というのにほかならない。

遊女の異名を収集して、何の益があるかと問う人があったとしよう。わたしもまた、ただ「何となくおもしろい」と答えるほかないだろうか、違うだろうか。

古人にすでにこの癖のある者がいた。寛文九年『藻塩草』の著者・釈宗碩をはじめとして、かの

  • 『物類称呼』の越谷五山
  • 『里の小環評』の平賀源内
  • 『恋の葉』の葎雪庵北元
  • 『誹諧通言』の並木五瓶
  • 『嬉遊笑覧』の喜多村信節
  • 『俚言集覧』の村田了阿
  • 『笈埃随筆』の百井塘雨
  • 『守貞漫稿』の喜多川季荘

などの著者みなそうであるとすべきであろう。

近くは、内務省衛生局防疫研究課長・氏原佐蔵氏は、欧米各国の売春婦視察を終えて帰国するや、過る五月、わが全国各府県の警察部に命令を下して、「私娼の地方的名称」そのほかを報告させつつある。今、氏に対して何のために地方的名称を収集するのかと難詰する者がいれば、氏はただ「何となくおもしろいから」とは答えないだろう。必ずや、風俗人情の機微を伺い知るとともに、防疫衛生の参考上、必要なため、とするだろう。

ではわたしもまた答えよう。現行の私娼異名を集めることだけであっても、このように国家的な必要がある。しかも、古来の雅名、公娼の俗名、文壇の異称、悪漢の隠語等をも併録して説明を付し、なおその上に風俗画までをも添えるに至っては、つとに好古趣味・俗語趣味の益があるだけでなく、これを大きなところでは国家の制度・歴史・文学の研究資料とすべく、これを小さなところでは行旅夜泊の便益となることを得るだろう。どうしてただ「何となくおもしろい」だけにとどまるであろうか、と述べるのはいかがであろうか。

大正十年十月十日午前十時  廃姓外骨

例言

○本書に収集した公私娼妓の異名は総数450余語である(目次・索引に挙げなかった語もある)。試みにこれを類別した概数を言えば、以下のとおり。

  • 古名…………37語
  • 公娼…………82語
  • 私娼…………316語
  • 混用と不明…17語

さらに廃語と現行語を調べた概数

  • 廃語…………203語
  • 現行語………162語
  • 不明…………81語

私娼の異名が多いのは、公然ならざる秘密の遊び女であるがゆえに外聞をはばかり、隠語として使用したものが多いためである。廃語が多いのは、時代の推移、出没の変化が多かったためであろう。

なお、玉価から起こった異名、行動から起こった異名、形態から起こった異名などを区別しようとしたが、不明のものが多いためにやめた。

○配列の順序は五十音に分けたが、頭字の同音を一括しただけであって、語音の順序によらず、古名を先にして新語を後にし、公娼を先にして私娼を後にし、また中にはその標準によらず、挿絵の体裁、行数の都合にて前後を転倒させたところもある。順不同と考えてほしい。

○古書数百をあさったが、何らの材料なく徒労に終わったことが多かった。また、方言の語義不詳なものが多かったため、印刷物にて各地方人の回答を求めたけれども、同じく不詳として正解を得ることは少なかった。

○京都府警察部にて全国犯罪人の隠語を集めた大正四年の刊本『隠語輯覧』に載っているもので、本書に採らなかったものが十数語ある。いずれもデタラメと認められたものである。

○全国の私娼異名は、これに漏れたものがなお多いだろう。内務省衛生局にて、本年五月各府県に命じて私娼の調査を行なわせた項目十一の冒頭に「私娼の地方的名称」という一項がある。そのおのおのの報告を合わせて印刷物とする予定があるということを聞いた。それによって漏れたものは、後日、拙著の一端に追補として掲出しよう。

○本書は『日本擬人名辞書』と同じく、昨年十月中旬、わたしが病臥中の発意であって、それ以来見聞の抄録を怠らなかったけれども、いよいよ編纂清書に着手すれば、なお取り調べを要する項多く、意外に手数がかかって、そのためほとんど三ヶ月を要した。これだけの時日と精力を重ねれば、もう少し有益なものか面白いものかを編纂できるものを、と中途にて嫌気の生じたこともあったが、かといっていまさら中止もできないと、ついに努めて結了したものである。しかし、なお誤脱・不完全のものであることを免れないだろう。ただこの四百数十語を集めた苦心の一事を認められれば幸いである。

遊女を商品として抱え置く家を、支那では忘八館と呼び、女肆と呼び、我が国ではクツワと称し、マガキと称した。いにしえ青墓の長、池田の長といったのは、駅路におけるクグツメの館主である。傾城局設定の後は、君がテテと呼んだという。近世は青楼または貸座敷、曖昧屋など称したが、これにも古今の異名は多い。人置茶屋、女郎屋、揚屋、子供屋、モシモシ屋、姉さん屋、曰く茶屋。蛮語めいたのは吉原のアリンス国、アキレン洲、新潟のヨリナレ洲。江戸にて私娼窟を岡場所と言ったのは、『跖婦伝』に、岡を丘と書いた。苦界の界を海に変えて、苦海と見立てた遊郭外の陸場所という意味であろう。これらを総称して悪所と呼んだ。川柳「悪所とは罰の当たった言葉なり」

売春婦異名集 目次

奥付

  • 大正十年十月十五日印刷
  • 大正十年十月二十日発行
  • 大正十二年六月再版
  • (売春婦異名集)定価金三円

編集兼発行者 東京市下谷区上野桜木町二十二番地 (宮武)外骨

印刷者 東京市麹町区飯田町六丁目一番地 杉本新吉

発行所 東京市下谷区上野桜木町二十二番地 半狂堂

電話下谷六五九〇番 振替東京三九四二〇番


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