秋葉原通り魔事件:犠牲者の方々

提供: 閾ペディアことのは
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秋葉原無差別殺人事件で、突然、人生の終焉を迎えることとなった犠牲者の皆さんに、心より深く哀悼の意を表します。

以下、2008年6月8日に秋葉原で発生した通り魔事件 まとめwiki - 被害者一覧を土台に、報道された内容を追記しています。


【死亡】

トラック

川口隆裕さん(享年19歳)
千葉県流山市
東京情報大2年
頭蓋骨骨折による脳損傷=国際医療センター 13:15
生まれたとき、肺に異常があり、薬で肺を膨らませて生命が助かった。その後も肺の病気を抱え、2007年の大学入試直前に手術。5月9日にも肺気腫の手術を受け、退院したばかりだった。
流山市立南流山中。ハンドボール部に所属。
二松学舎大付属沼南高(柏市)。1年からコンピューター部に所属し、2年からは理系コースに進んだ。3年間で欠席は2日だけ。
2007年4月に東京情報大に入学。情報システム学科でコンピューターのネットワークやプログラムを学んでいた。コンピューター関連の仕事に就くことを目指して、資格試験の勉強に励んでいた。
パソコンやテレビゲーム、特に格闘ゲームが好きで、夜遅くまで画面に向かっていた。優しい性格で友人も多く、大学の友人の家によく泊まりに行ったり遊びに行ったりしていた。
自動車免許を取ったばかり。
藤野和倫さん(享年19歳)
埼玉県熊谷市
東京電機大2年
全身を打撲して脳挫傷など=三井記念病院 13:15
母方の祖父、両親、兄と妹の六人暮らし。母方を継ぐため、戸籍上は祖父の養子となり、藤野家の跡継ぎと期待されていた。
小学校を熊谷で過ごした。小学校時代、兄や妹と一緒に地元の柔道教室に通っていた。
中学、高校は川越市内の私立秀明高校で寮生活を送った。高校では柔道部。
東京電機大に入学してからは実家に戻り、2時間半かけて千葉県印西市にある千葉ニュータウンキャンパスまで通っていた。情報処理の技術を身につけ、母方の祖父の公認会計士の仕事を手伝うつもりだった。
川口さんと藤野さんは、ほかの2人の友人とともに、朝、4人でアニメ映画「空の境界」を見るため、JR新宿駅で待ち合わせた。その後「食事でもしよう」と秋葉原へ向かった。ゲームの話をしながら歩行者天国を歩いているとき、交差点に突っ込んできた加藤容疑者のトラックに2人がはねられた。
2人ともパソコンに詳しく、ゲーム好き。資格取得などを目指して大学で情報系の勉強に打ち込んでいた。
そのときに一緒にいた友人の一人カズ←金欠('A`)さんのmixi日記が公開された。
中村勝彦さん(享年74歳)
東京都杉並区
無職
全身を打撲して胸部大動脈破裂など=慈恵医大 13:15
日本歯科大を卒業して、府中市の歯科医院を妻とともに開業。「優しい歯医者さん」として親しまれていた。
一度歯科医院をたたみ、日大松戸歯学部で歯科矯正学を学び直す。
その後、再び開業。自らの医院で若手を育てる一方、日大歯学部で2003年までの約20年間、兼任講師もつとめた。
「医者の目から見ても腕は確かでしたよ」(大学でともに医学を学んだ男性医師)
4月に歯科医を引退したばかりだった。趣味の写真サークルに所属。
「めったに行かない」秋葉原に、パソコン関連の買い物のため、長男と2人で出掛け、事件に遭遇した。
長男は医師。「救急車が来るまでの四十五分間、懸命に父の救命措置をしたが、冷静なプロの目になった時、助からないと悟った」「犯人に対する感情はない。ただ、尊敬する父を亡くした悲しみだけ。明日も穴をあけずに仕事をすることが父の遺志に報いると思う」
事件当時、長男が気付いた時には父親の姿が視界から消えていた。長男も打ち身を負っているが、その原因を覚えていなかった。

ナイフ

小岩和弘さん(享年47歳)
東京都板橋区
無職
背部刺創=東京女子医大 13:15
妻と息子と3人暮らし。
「大切な家族をこのような事件で突然失った思いは、皆様のご推察とたがうことはないと存じます。とにかく今は憔悴(しょうすい)し、夜も眠ることができません。私たちは故人をしのんで静かに見送りたいと存じます」と、遺族はマスコミに取材を自粛するよう求めている。
宮本直樹さん(享年31歳)
埼玉県蕨市
会社員
右胸部を刺された肺損傷で失血死=墨東病院 13:15
近くの雑居ビルの4階、対戦用カードゲームのカード販売店の常連だった。好みのゲーム機がある店を探しては千葉、神奈川県まで足を延ばしていた。
トレーディングカードゲーム愛好家の間で、その腕前から「世界の宮本」と呼ばれる伝説的プレーヤーだった(※任天堂の宮本茂氏とは別人)。昨秋、東京・吉祥寺で行われた大会で優勝した際には、「埼玉の宮本から、関東の宮本に昇格したかな」と控えめに笑っていたという。
「自分もカードの店を開きたい」と、販売店経営者に5年前、相談を持ちかけた。宮本さんは東京・池袋で開店するが、盗難にも遭い、半年後に店をたたむ。「一度埼玉に戻るけど、またやりますよ」と語っていた。
武藤舞さん(享年21歳)
東京都北区
東京芸大音楽環境創造科4年
腹部を刺されて大静脈損傷などで失血死=東京医科歯科大 16:30
中学校ではソフトテニス部。東京都北区の中学生海外交流事業に参加し、2年生で米サンフランシスコに短期留学した。3年の夏には吹奏楽部にゲスト参加。成績は学年トップクラスで、生徒会の役員も務めていた。
都立日比谷高校では、オーケストラ部に所属。合唱祭では指揮者としてタクトも振った。クラスのムードメーカーだった。バンドでボーカルやキーボードを頑張っていた。カラオケで洋楽を歌うのがうまかった。
音楽をプロデュースする仕事に就きたいと言って、東京芸大に進学した。録音や音響を勉強。
最近は、地域の芸術振興に取り組む財団法人のミニコンサートに参加し、高知県や山口県の老人ホームなどを回っていた。
就職活動で複数の内定をもらっていた。
旅行のお金をためるため、週末、短期派遣として、ソフマップの携帯電話販売コーナーで携帯電話のキャンペーンのアルバイトをしていた。
目の前で老人(おそらく中村さん)が倒れたのを見てとっさに助けようと駈け寄り、そのために加藤容疑者に刺された。
松井満さん(享年33歳)
神奈川県厚木市
調理師
左腹部を刺され動脈切断など=駿河台日大 17:32
1985年から厚木市森の里(新興住宅地)に居住。
中学を卒業後の1990年4月、厚木市内の調理師学校に進む。「食物の知識をもっと極めたい」と語っていた。調理師免許を取得。
系列の高校専修学校に編入。食物や料理を中心に学び、高卒資格を得て、1993年に卒業。
1993年4月から2年間、栄養士の免許をとるため、難波学園横浜栄養専門学校に通っていた。
2007年4月から日清医療食品に嘱託職員として勤務し、厚木市内の「神奈川リハビリテーション病院」で患者の食事の調理を担当していた。
パソコンが好き。自分でプログラムを立ち上げたりもする。休みにはよく秋葉原に出掛ける。

負傷者

男性警察官(53)ほか計10名

重篤だった男性は一命をとりとめました。