聖ニコラウス (黄金伝説)

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このページは、13世紀にヤコブス・デ・ウォラギネが執筆したキリスト教の聖者列伝『黄金伝説(Legenda aurea)』から、サンタクロースのモデルとされる聖ニコラウスについての記載部分を全訳したものである。

本文は、以下のラテン語原文から訳し、英訳を参考にした。日本語訳は参考にしていない。

ニコラウスの名前

「ニコラウス」という名前は、nicos=「勝利」とlaos=「人々」に由来しているという。そのため、ニコラウスとは「人々の勝利」すなわち、人々の中にある罪への勝利ということになる。あるいは、この人の生き様と教えによって、多くの人々に、その教義によって悪徳や罪を征服する方法を教えたという意味で、「人々の勝利」を意味するともいえる。

あるいは、それはnicos=「勝利」とlaus=「賛美」に由来し、「勝利の賛美」という意味にもとれる。 または、nitor=「輝き」とlaos=「人々」、すなわち「人々の輝き」とも解せる。彼はものごとを輝かせ、清浄にするという特徴を有していたからである。

聖アンブロシウスは言う。神の言葉は清めである。懺悔は清めである。黙想は清めである。そして、よい仕事は清めである。

聖ニコラウスの伝記はアルゴスの有識者によって書かれた。イシドールスによれば、アルゴスはギリシアの町であり、「アルゴス人」といえばギリシア人を意味するようになったのである。教父メトディオスがギリシア語で書き、助祭ヨハネがそれをラテン語に訳して、多くのものを加えたともいわれている。

ニコラウス、3人の処女を救う

パトラス市の住人ニコラウスは、裕福で信心深い両親のもとに生まれた。父親はエピファネス、母親はヨハンナだった。両親の若いころに最初の花として生まれ、それから両親はつつしみ深い生活を送った。生まれた日に産湯に入れられると、たらいの中に立った。水曜日と金曜日には、一日一度しか母の乳を吸わなかった。

若いとき、他の人たちの勝手放題には染まらずに教会を訪れ、そこで理解することのできた聖典の抜粋をすべて覚えていった。

両親が亡くなった後、人としての名誉を得るためではなく、神の栄光を高めるためには、どのように財産を分配すればよいかと考え始めた。

さて、高貴な生まれであるが貧困に陥っている隣人がいた。その隣人には3人の娘がおり、父親は金のために娘たちに売春をさせて、その恥ずべき商売によって生き残ろうと考えていた。

聖者はこれを知って、罪が犯されることをおそれた。そして、金塊を包んで、夜中にひそかに窓から投げ込み、見られないように逃げた。男は翌朝目覚めたときに、金塊を見つけた。そして、神に感謝を捧げ、長女の結婚式を祝った。

それからほどなくして、神の召使いはまた同様のことをした。男はこれを見つけ、力強く神を賛美した。そして、だれがこの困窮から救ってくれたのかを見つけようと思って、見張っていることにした。

数日後、聖者は2倍の金を投げ込んだ。その音で隣人の男は目覚めた。男は逃げるニコラウスの後を追って言った。「待ってください! わたしと会ってください! 逃げないでください!」 男は走ってニコラウスに追いついた。すぐにひざまずき、ニコラウスの足に口づけすることを望んだ。しかし、ニコラウスはこれを断り、自分が生きている間にはこのことを口外しないよう約束させた。

ニコラウス、ミュラの司教になる

このことの後で、ミュラの司教が亡くなった。そして、司教たちは新しい司教を選ぶために集まった。そのなかに、大きな権威を持つ司教が一人いて、すべての判断はその人物の見解によって決まるのだった。その司教が他の司教たちに断食して祈るよう命じた後、夜になって声を聞いた。その声は「朝、教会の扉を見ておけ。最初に入ってくるニコラウスという名前の者を司教として選べ」と告げた。

他の司教たちにこれを説明して、さらに祈りに励むよう促し、その司教は入り口で見張り続けた。驚くべきことに、早朝、神によって告げられたとおり、ニコラウスが他の人たちよりも早くやってきた。そこで司教は近づいて言った。

「あなたの名前は?」

ハトのように純朴に、少し頭を下げて「ニコラウスでございます」と答えた。そこで司教たちは教会の中に連れて行き、抵抗したニコラウスを司教の座につかせた。

ニコラウスは、それ以前からすでに示していたのと同じように、何事も謙虚で沈着に行動した。夜通し祈祷し、禁欲生活を貫き、女性との交際を避けた。謙虚に他の人たちを尊敬した。話し方は効果的で、忠告を与えるときには励まし、あやまちをただすときには厳格だった。

年代記では、ニコラウスはニカイア公会議に参加したと記されている。

ニコラウスの奇跡的な海での出現

ある日、海で死にかけていた船乗りたちが、涙ながらに祈った。「神のしもべニコラウスさま、あなたについてお聞きしたことが本当なのでしたら、今その証明をしてください!」

すると、すぐにニコラウスのように見える男が現われて言った。

「ここにいます。呼びましたね」

そして、帆や綱その他の船の装備を手助けしはじめ、まもなく嵐はやんだ。

船員たちがニコラウスの教会に行ったとき、以前に会ったことはなかったはずなのに、誰か告げる前に船員たちはニコラウスがわかった。そして、船員たちは救出されたことを神とニコラウスに感謝した。ニコラウスは、それは神のあわれみと船員たちの信仰心によるものであり、自分の手柄ではないと告げた。

ニコラウスと大飢饉

あるとき、聖ニコラウスの管区全体が大飢饉となり、食べるものがなくなってしまった。 神のしもべは、小麦を積んだ船が港に到着したと聞いてすぐに赴き、船員たちに、一隻あたり100モディウス(=約900リットル)ずつの小麦を譲ってもらって、この災難を救ってほしいと懇願した。船員たちは「それはできないね。これはアレクサンドリアで計量されていて、それを損なうことなく帝国の穀倉まで運ばなければならないんだ」と、答えた。 聖者は告げた。

「わたしの言うとおりにしてください。そうすれば、神の名にかけて、帝国の点検においても少しも欠けることがないことをお約束しましょう」

そのとおりにしたところ、アレクサンドリアで積み込んだのとまったく同じ量の小麦を帝国の当局に届けることができた。船員たちはこの奇跡を報告し、そのしもべを通して大いに神を誉め称えた。

一方、神のしもべは必要に応じて住民一人一人に穀物を配った。驚くべきことに、二年間の間十分に管区においてそのようにすることができただけでなく、種として使う分までも十分であったのだ。

ニコラウス、ディアーナ女神の木を伐り倒す

この地域では、人々は偶像を崇拝し、忌まわしいディアーナ女神の像を守っていた。そしてニコラウスの時代に農民たちの中にはディアーナ女神に捧げられた木の前で伝統的な儀式を行いたいと申し出る者もいた。しかし、ニコラウスはそのようなことを終わらせるべきであると警告し、木を伐り倒すことを命じた。

これに怒って、古代の敵は、水や石の中でも不自然に燃えることのできる油を造り出した。そして、女神自身は修道女の姿に変わり、小さな船に乗って、ニコラウスのもとへと航海してきた巡礼者たちに会った。女神は巡礼者たちに言った。

「わたしは皆さんと一緒にこの神の聖者のもとに行きたいのですが、そうすることができません。そこで、教会へのわたしの贈り物としてこの油をさしあげます。これを教会堂の壁に塗っていただきたいのです」

そう言うと修道女は消えてしまった。

その後、巡礼者たちは別の船を見つけた。そこには誠実な人たちが乗っており、その中の一人が非常にニコラウスに似ていた。その人物は巡礼者たちに話しかけた。

「あの女は何を言いましたか? そして何を持ってきましたか?」

巡礼者たちはそれぞれのことを話した。すると男は巡礼者たちに語った。

「これこそ恥知らずのディアーナ女神だ。わたしが言うことを証明するために、その油を海に注いでごらんなさい」

油を投げたとたん、海の上に大きな火が燃え上がった。そして、不自然にそれが海の上で長い間荒々しく燃える様子が見られた。

巡礼者たちはニコラウスのもとに到着すると、言った。

「ほんとうに、あなたこそ、海でわたしたちの前に現われて、悪魔のあざむきから救ってくださった方です!」

ニコラウス、誤って訴えられた人々を救う

ある民族がローマ統治に反抗したとき、皇帝はネポティアヌス、ウルスス、アピオリオネスという名前の3人の王子を送った。王子たちはアドリア海上で風に妨げられて港にとどまり、神聖なニコラウスは、王子たちが人々から略奪をしないよう、王子たちを食事に招いた。しかし、聖者がいない間に、金に目のくらんだ執政官が3人の無実の騎士の首をはねるよう命じた。

聖者はこれを聞いて、一緒に現場に急いでほしいと王子たちに頼んだ。

首を切られることになっている場所にやってくると、騎士たちはひざまずき、目隠しをされていた。そして死刑執行人は騎士たちの頭の上で剣を振り回していた。ニコラウスは神の愛に満ちあふれ、死刑執行人のもとに飛び込んで、その手から剣をもぎ取って投げ捨て、無実の者たちを解き放ち、全員を無事に連れて行った。

ニコラウスは執政官の裁判所に赴き、鍵のかかっている扉を開くように告げた。すぐに執政官は駆け寄ってきて、歓迎した。しかし、これを無視して聖者は言った。

「神の敵! 法律の悪用者! これほどの罪を犯していながら、わたしたちの顔をまともに見ることができるのか?」

ニコラウスはひどく非難した後、王子たちの布告もあり、執政官が後悔しているのを見て許してやった。彼らが祝福の祈りをおこなっていたとき、帝国の使者たちは道を進み、流血なしに邪悪な反乱者を捕らえ、皇帝からの壮大な報奨を受けるために凱旋していった。

さて、王子たちの幸福をうらやむ者たち数名が、「不敬罪で皇帝に王子たちを告発せよ」と言葉と金をもって長官にそそのかした。このことが皇帝の耳に届いたとき、皇帝は大きな怒りに満たされて王子たちを牢獄に入れるよう命じ、何も調査することなく、その晩に処刑するよう命じた。

王子たちがこれを看守から聞かされたとき、王子たちは自分たちの服を引き裂いて、激しく泣き始めた。聖者ニコラウスが3人の無実の男たちを解放したことを、ネポティアヌス王子が覚えており、他の王子たちにもニコラウスの助けを乞うように促した。

その祈りに答えて、聖者ニコラウスはその夜、コンスタンティヌス帝の枕元に現われて言った。

「なぜ王子たちを不当逮捕し、無実にもかかわらず死刑宣告をしたのですか? 急いで起きて、できるだけ早く王子たちを解放するよう命じなさい。さもなくば、神に祈ります。神は陛下への戦争をたきつけ、その戦争の中で陛下は滅ぼされ、野獣に食い散らかされることになるでしょう」

「夜中に我が宮殿に入ってきて、そのようなことを言うおまえは誰だ?」

「わたしはミュラ市の司教ニコラウスです」

同じようにニコラウスは長官のもとに現われて、このように告げておののかせた。

「自らの心を失い、感覚を失ったお前は、なぜ3人の無実の者の死刑に同意したのか? すぐに行って、3人を解放させなさい! さもなくば、お前の体は蛆虫だらけとなり、家はたちまち破壊されるだろう」

「このようにわたしを脅すおまえは誰だ?」

「知れ、ミュラ市の司教ニコラウスである」

直ちに目が覚めた彼らは夢のことを語り合い、すぐに囚人を呼んだ。

「諸君は我々にこのような夢を見させるために、何か魔術的なことをおこなったのか?」

王子たちは、自分たちは魔術師ではなく、そして死の宣告は不当だと答えた。そこで皇帝は言った。

「話せ、諸君はニコラウスという名前の人物を知っているか?」

王子たちはこの名前を聞いたとき、天に向かって手を挙げ、聖ニコラウスを通して現在の危機から逃れられるよう、神に祈った。そして、皇帝はニコラウスの生涯と奇跡の話をすべて聞いて、こう語った。

「行って神に感謝せよ。神はこの人物の祈りを通して、諸君を解放したのだ。しかし、我が名において贈り物を与えよ。そして、わたしをこれ以上脅かさぬよう、そして主にわたしと我が領土のために祈るよう、頼んできてほしい」

数日後、王子たちは神のしもべのところに行ってひざまずき、告げた。

「本当にあなたは神のしもべであり、本当にキリストを崇拝し愛する方です」

王子たちが起こったことすべてを語り終えたとき、ニコラウスは天に腕をさしのべ、神を大いに誉め称えた。そして、王子たちをよく教え諭して見送った。

ニコラウスの死

主がニコラウスを取り上げると決められたとき、天使たちを使わされるようニコラウスは主に祈った。そして頭を傾けて天使たちが来るのを見、詩篇の言葉を口にした。「In te domine speravi(主よ、御もとに身を寄せます)」から「in manus tuas(御手に)」まで(詩編31)。そして最後の息を吐いたときには主の343年であり、そのときには天の天使たちの音楽が聞かれた。

ニコラウスが大理石の墓に埋葬されたとき、油が頭から噴き出し、水が足から噴き出した。そして今日まで神聖な油がその肉体から流れ、それは多くの人たちの健康に役立っている。

ある善人がニコラウスの後任となったが、その人物は悪意によって地位を追われた。その人物が排除されていたあいだ、油は流れることをやめたが、復帰したとたんにまた流れ始めた。

それから長らく経って、トルコ人がミュラ市を破壊した。47人の騎士がバーリ(イタリア半島南東の都市)から来て、4人の修道士が聖ニコラウスの墓を開いた。そして骨を取り去り、油に浮かべ、1087年にバーリの街へと運んだ。

ニコラウスとだまされたユダヤ人

ある男がユダヤ人からそれなりの金額のお金を借り、保証人が誰も見つからなかったため、できるだけ早く返すと聖ニコラウスの祭壇に誓った。しかし、長い時間が経って、ユダヤ人が来て返済を求めた。男は、もう返したと言った。

ユダヤ人は裁判所に男を連れて行き、男はそこで宣誓をするよう求められた。男は、空洞の杖に黄金を満たして、その杖が支えとして必要であるかのようにふるまっていた。男が宣誓をするとき、ユダヤ人に杖を預けた。そして、借りたもの以上にすでに返した、と誓った。男は宣誓をした後、杖を返すように求めた。すると、ユダヤ人はだまされたことに気づかず、杖を返してしまった。

詐欺をはたらいた男が家に帰るとき、突然道ばたで眠りに落ちた。一台の四輪荷馬車が走ってきて男を弾き殺し、金の詰まった杖は壊れた。金は落ちた。

これを聞いてユダヤ人がやってきて、詐欺を知った。このユダヤ人が金を取るべきだと多くの人たちが述べたが、死んだ男が聖ニコラウスによって生き返らないなら受け取らない、とユダヤ人は断固として拒否した。そして、もしこれが起こったら、洗礼を受けてキリスト教徒になろうとまで言った。

たちまち死んでいた男は起きあがり、ユダヤ人はキリストの名前で洗礼を受けた。

ニコラウスとユダヤ人と泥棒たち

あるユダヤ人が聖ニコラウスの奇跡における徳の高い力を見て、聖ニコラウスの像を作らせ、それを家に飾っていた。そして、長期間留守にするとき、その像に命じて言った。

「いいですか、ニコラウス、ここにあるのはすべてわたしのものであり、その保管をお前にゆだねます。もしお前がその面倒をきちんと見ないなら、わたしはムチで復讐します」

そしてある日、ユダヤ人がいない間に泥棒たちがやってきて、何もかも運び去ってしまった。後には像だけが残った。

ユダヤ人は帰ってきて家が略奪されてしまったのを見、像を見つけてこのようにあれこれ抗議した。

「ニコラウス卿、わたしはお前を泥棒から守るために置いたのではなかったか? なぜそうしなかったのか、なぜ泥棒たちを近づけないようにしてくれなかったのか? お前には激しい拷問を与える。泥棒の替わりに罰する。お前が苦しむことで損失を補填し、お前をむち打つことで怒りもさめるだろう」

それから像をとって、ユダヤ人はひどく打ちすえた。

そのとき、まったくすばらしいことが起こった。神の聖者はむち打たれたかのような姿で、戦利品を分配していた泥棒たちの前に現われて、この言葉を告げた。

「わたしはなぜお前たちのためにこれほど激しくむち打たれたのか? わたしはなぜこれほどひどく打ちすえられているのか? わたしはなぜこのような苦しみに耐えているのか? わたしの体がどのように変色しているかを見よ。わたしの流れる血でどれほど赤くなるかを見よ。早く行け、そしてお前たちが奪ったものを返せ。さもなくば全能の神の怒りがお前たちの上にもたらされる。そして、お前たちの罪は知られ、首をつられるだろう!」

それに対して、泥棒たちは答えた。 「俺たちにそのようなことを言う貴様は誰だ?」

「わたしはイエス・キリストのしもべニコラウスである。ユダヤ人によって激しく打ちのめされたが、それはお前たちが奪っていったもののためだ」

恐怖した泥棒たちはユダヤ人のところに行き、この奇跡について語った。そして、ユダヤ人が像に対して行ったことを聞いて、盗品を返した。

こうして泥棒たちでさえも善行の道に戻った。そのユダヤ人は救済の信仰を受け入れた。

ニコラウスと死んだ少年

ある男が、学校で学んでいる息子への愛から、大変荘厳に、毎年聖ニコラウスの祝日を祝っていた。あるとき、その男は夕食を準備して、多くの聖職者を招待した。

そのとき、悪魔も施しものを受けようと思って、巡礼者の姿で門のところまで来た。父親はすぐに、この巡礼者に施しものを与えるよう、息子に告げた。少年は急いだが、入る準備のできている巡礼者は見あたらず、一人だけがおろおろ走っていた。少年がその男に追いついたとき、悪魔は少年を捕らえて絞め殺した。

これを聞いて、父親は悲しみにうちひしがれた。ベッドに遺体を運び、悲しみに泣きながら言った。

「最愛の息子、どうしてこんなことになってしまったのか? 聖ニコラウス、わたしがこれほど長い間あなたのために払ってきた敬意の対価がこれですか?」

父親がこういったことを言っていると、あたかも眠りから覚めたかのように少年は突然目を開き、立ち上がった。

ニコラウスと黄金の聖杯

ある貴族が聖ニコラウスに祈って、もし息子が得られたら、黄金の聖杯を捧げものとして持たせて息子を教会に来させると約束した。すると息子が生まれ、成長したので、聖杯を作るように命じた。

その杯に満足した貴族は、これを自分用に改造し、別の同じ価値のものをもう一つ作るように命じた。

聖ニコラウスの教会まで船旅をしているとき、父親は息子に、最初に作られた聖杯に水を入れてくるように命じた。しかし、少年は杯に水を入れようとして、海に落ち、すぐに姿を消した。父親はひどく泣いたが、誓約を果たした。

聖ニコラウスの祭壇に近づいて、父親が第二の聖杯を置くと、それは投げられたかのように祭壇から落ちた。それを拾い上げてもう一度祭壇の上に置くと、またもや杯は捨てられ、前よりもさらに祭壇から遠くに落ちた。

この奇跡に驚いているさなか、少年が健康で無事な姿で現われ、手には最初の聖杯を持っていた。少年は皆の前で、海に落ちたときに聖ニコラスが現われ、助けてくれた次第を詳しく語った。

父親はこれに大喜びし、聖杯を二つとも聖ニコラウスに捧げた。

ニコラウスと最愛の息子

ある金持ちの男が聖ニコラスによって息子を得、息子をデオダトゥス(神に与えられた者)と呼んでいた。そして家に聖者のための礼拝堂を建てて、毎年大がかりに祝日を祝っていた。

さて、その男の家は、アガレニア人の近くにあった。そのため、デオダトゥスはある日アガレニア人に捕らえられ、その王の奴隷として運ばれた。

翌年、父親が信心深く聖ニコラウスの祝日を祝っていた。そして、貴重な聖杯を持っている少年は王に侍しながら、自分が捕らえられたので両親は悲しんでいるだろうと思い、またその祝日に実家では楽しかったことを思い、激しくため息をつき始めた。国王はそのため息の原因を聞き出して言った。

「お前のニコラウスが何をしようとも、お前はここにとどまることになるのだ」

そのとき、突然大風が吹いて宮殿全体を揺らした。少年は聖杯とともに風に運ばれ、教会の扉の前に着陸した。そこでは両親が式典を行なっていた。そうして、誰もが大いに喜ぶこととなった。

このように言う人たちもいる。この若者は、ノルマンディから来て、海を渡っているときにスルタンに捕らえられて、しばしばスルタンに打ちすえられていた。若者は聖ニコラウスの祝日に打ちすえられて、独房に閉じこめられて泣いていた。そして解放されることを祈り、両親が喜びを得られるよう祈っていた。すると突然眠りに落ちた。目覚めたとき、若者は父親の礼拝堂にいることに気づいたのだという。